泣いても、悔しがっても 明日は別の日に 奥田英朗さん
2020年5月30日07時00分
人生で一番難しいことは、諦めることと赦(ゆる)すことである。大人でももだえ苦しむ難題に、まだ10代の君たちが直面しなければならないのだから、見ているわたしまで心が痛む。運命のいたずらと言うにはあまりに残酷で、かける言葉も簡単には見つからない。
ただ、君たちより3倍以上年を重ねた人間として、生きるヒントをひとつ伝授しようと思う。君たちの憧れの、あるいは目標とする人物を想起してほしい。彼ならこんなとき、どんな態度を取るだろうか――。
わたしたちは、プロ野球のイチローさんやサッカーの三浦知良さんが、泣き言を言ったところを見たことがない。彼らにも不遇の時期はあったはずだ。スランプに陥ったり、試合に出られなかったり、けがをしたり。それでも彼らは黙々と準備をし、明日に備えた。常に前向き。それが一流の条件だとは思わないか。
もちろん君たちにそこまでは要求しない。だから泣けばいいし、悔しがればいい。しかし今日だけだ。明日は別の日にしてほしい。
君たちの世代にはきっと名前が付くだろう。今年はそれほど歴史に残る1年なのだ。10年後、20年後、おれたちは2020世代(仮称だよ)、だから逆境に強いんだ、そう言えるようになってほしい。
天を恨まず、人を咎(とが)めず。それがどれほど大変なことか、大人はみんな知っている。だから、人類の危機はおれたちの世代が救った、それくらいのことを言ってもいい。わたしが認定する。(寄稿)
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〈おくだ・ひでお〉 1959年、岐阜県生まれ。コピーライターなどを経て作家に。2004年に「空中ブランコ」で直木賞。「オリンピックの身代金」や「野球の国」など著書多数。