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和歌山)夏の高校野球中止 県内選手ら落胆の声

2020年5月21日10時00分

 新型コロナウイルス感染拡大の影響で、第102回全国高校野球選手権大会が20日、中止と決まった。球児や監督らは落胆し、無念の思いをにじませた。地方大会も中止になったため、和歌山県高野連は感染拡大や学校の部活動再開の状況を見ながら、独自の大会開催の道を探っている。

 「世の中がこういう状況なのである程度覚悟しないといけないが、本当につらい」。出場が決まっていた今春の選抜大会が中止になり、4年連続となる夏の甲子園出場に目標を切り替えていた智弁和歌山の中谷仁監督はそう話した。新型コロナウイルスの影響で学校が休校となる中でも部員たちは自主的に練習を重ねていた。「子どもたちになんて声をかけていいか言葉が見つからない」

 市和歌山の上原拓海主将(3年)はこの日夕方、ネットニュースで選手権大会の中止を知った。同校が8強の成績を残した昨春の選抜大会では、背番号3を手にしたが、打席に立つことはなかった。「実力がなかったんだと思う」と悔しい思い出を振り返る。今春、智弁和歌山を卒業した兄の佑斗さんから「甲子園の打席に立ったら、応援なんか聞こえないほど集中する。楽しいぞ」と聞いていた。「自分もそんな特別な場所で野球がしたかった」

 半田真一監督は「残念の一言。春の大会がなくなり、選手権大会もなくなって、これまで積み上げてきたことを表現できる場所がなくなるのは、選手を思うとつらい。1試合でもいいので、試合用ユニホームに袖を通し、試合をさせてあげたい」と選手を思いやった。

 和歌山南陵の岡本哲司監督はこの日午後5時ごろ、寮生活をする選手たちに甲子園の中止を伝えた。選手らはがっかりした様子だったという。「甲子園は子どもたちの夢であり、周りの人の夢でもある。高校球児にとって最大の目標」と話した。

 昨年の秋季県大会で2位になり、近畿大会に出場した。「選手たちは近畿という一つ上のステージにあがり、いままでとは違う景色を見ることができた」。それ以来、練習への意識が高まっているのを感じたという。「このチームで夏、戦うことが楽しみだった。3年間の集大成を見せる場を作ってあげられたら。勝っても負けても、全力プレーで結果を出すということが、次の成長につながると思う」と話した。

 「甲子園出場をめざしてきた選手たちの気持ちを考えると、何とも言いようがない」。那賀の高津亮監督はそう声を落とした。昨夏の和歌山大会決勝で智弁和歌山と対戦し、あと一歩で甲子園出場を逃す悔しさを味わった。昨秋の新人戦では市和歌山などとの力の差を痛感した。「選手たちは強い思いを持って冬の練習に臨んだ」。休校となりチームで集まることができない中も、選手間と監督らでLINEやオンライン会議システムで練習方法などを確認しあってきた。「3年生は夏にかけていた分、つらいと思う。今後のことは選手の顔を見て、ゆっくりと話したい」

 県高野連の愛須貴志会長は、選手権大会に代わる県独自の大会の開催について、「できれば最後の発表の場を開きたい。日本高野連の指針を踏まえて決めたい」との考えを示し、県内の感染状況や部活動の再開状況を踏まえて判断するとしている。(滝沢貴大、西岡矩毅、山田知英)

     ◇

 「3年生が可哀想で、言葉が出てきません」。監督として甲子園で史上最多の68勝を挙げた高嶋仁・智弁和歌山前監督は電話取材に対して、何度もため息をついた。

 自身は海星(長崎)の2年夏に初めて甲子園の土を踏んだ。「思い出すといまだに体が震える。それくらい感動しました」。指導者を目指す原点となった。翌年夏にも出場したが、もし最後の大会が中止されていたら……。「一時は我慢できずに、1カ月ぐらいどこかへ行ってしまってたかも」

 ただ、高校卒業後1年間は野球から離れ、いろいろな仕事をして大学の学費を自力で稼いだ。「汗水垂らして働くことがいかに大事か。野球をできることがどれほどありがたいか学べた。やってる間は必死だったけど、何十年も経てばいい経験でしたね」と振り返る。

 「甲子園にはつながらなくても、3年間やってきたことの総決算に試合をやって終わるのは大きい。3年生のために各地で何らかの形を考えて欲しいです」(大野宏)

 ■県勢の主な活躍

1915年 関西大会(参加8校)で和歌山中(現桐蔭)が優勝

      第1回全国中等学校優勝野球大会(参加10校)に出場し4強=①

  18年 紀和大会で和歌山中が優勝し代表に決まるも、米騒動で全国大会中止

  21年 第7回大会で和歌山中が初優勝

  22年 第8回大会で和歌山中が連覇を果たす

  24年 阪神甲子園球場完成。和歌山中が初めて甲子園の土を踏む

  39年 第25回大会で海草中(現向陽)が初優勝。嶋清一投手が全5試合を完封=②

  40年 第26回大会で海草中が連覇

  41年 戦争により全国大会が中止。以後、終戦まで中断

  48年 学制改革で中等学校野球から高校野球に

  78年 1県1代表制に移行

  79年 箕島が初の全国制覇。公立校では初の春夏連覇=③

  97年 智弁和歌山が初の全国制覇=④

2000年 智弁和歌山が2度目の全国制覇

  12年 智弁和歌山が戦後最多の和歌山大会8連覇を達成

  18年 夏の高校野球が100回大会を迎える

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