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見たかったなあ、試合 元プロ野球選手・新井貴浩さん

2019年8月15日19時28分

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 ■元プロ野球選手 新井貴浩さん

 台風で順延してしまいましたね。見たかったなあ、甲子園での試合。いまは朝起きると、テレビをつけて高校野球を見ます。一生懸命な、はつらつとしたプレーに元気をもらってます。

 僕は甲子園には出られませんでした。広島工3年の夏、県内では、二岡智宏(元巨人など)、福原忍(元阪神)のいた広陵が絶対的な優勝候補だった。3回戦で対戦することになり、「失うものは何もない」とみんなでぶつかって勝利。「これで甲子園いける」と思ったけど、4回戦で西条農に競り負けた。主将だったので、試合後は涙を我慢したけど、学校に戻って仲間の前であいさつする時に、一気に涙が出てきました。42歳になっても、当時の仲間とは忘年会をしています。

 プロ野球選手になって最初に感動したのが、試合で甲子園球場に足を踏み入れた時。憧れであり夢だった場所。大きいな、広いな、これが甲子園かと思いながら土に触れました。

 引退した昨年までの3年間、広島でセ・リーグ3連覇を成し遂げる中で、周囲からは精神的支柱と言ってもらいました。自分としては、みんなでワイワイやっただけ。でも、全力プレー、全力疾走は貫きました。実績を重ね、ベテランになるほど責任は重くなり、周囲への影響力は大きくなる。高校生なら1年生より3年生。上級生やベテランがちゃらんぽらんなことをするとしらける。率先垂範(そっせんすいはん)です。

 終戦の日です。黙禱(もくとう)しましょう。

 (観客のいないスタンド。新井さんは立ち上がり、目を閉じました)

 小学生の頃は毎年、授業の一環で広島平和記念資料館を訪れた。慰霊碑の前で手を合わせ、被爆者の体験を聞きました。一時期、原爆ドームから約2キロの場所に住んでいたこともあります。小学校には被爆した木があった。祖母2人も被爆者です。戦争を直接知らない世代ですが、広島で生まれ育った者にとって戦争は身近なものです。

 小さい頃、怖くても目をそらしちゃだめと思いながら読んだ「はだしのゲン」の作者・中沢啓治先生とも交流を持たせていただきました。広島の人にとってカープは戦後復興の希望。お会いした時、僕は阪神でプレーしていました。でも、「どこに行こうが、君は広島で生まれ育った人間だ。ずっと応援している」と言葉をもらいました。

 僕が日本プロ野球選手会の会長をしていた2011年には東日本大震災が起きました。楽天の選手に話を聞くと、野球どころではない状況だった。それまで毎年、開幕を迎えて野球を出来ていたことが、実はあたりまえのことじゃなかった。

 野球はみんなが助け合うスポーツです。東北以外に住む自分たちが被災していないからいい、ではない。ファンの方の後押しも受けてセ・パ同時開催に奔走しました。昨年は広島などで西日本豪雨もありました。あたりまえに野球が出来ることへの感謝を意識し続けるのは、難しいかもしれない。でも、心の片隅において、節目に思い返したいし、球児にもそう思ってもらえるといいですね。(構成・藤田絢子)

     ◇

 あらい・たかひろ 1977年、広島市生まれ。プロ野球広島、阪神で20年にわたりプレー。2016年には通算2千安打達成。デイリースポーツとスポーツニッポンの評論家として活躍中。

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