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伝えられない感謝の気持ち 11歳上の兄へ、プレーで

2019年8月15日19時34分

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 宇部鴻城(山口)は16日、明石商(兵庫)と3回戦を戦う。背番号1の池村健太郎君(3年)は、兄の背中を追い、同じ道へ。初戦では登板の機会はなかったが、打撃でチームに貢献した。兄の夢でもあった甲子園で、兄の分まで思いっきりプレーするつもりだ。

 山口県防府市出身の池村君。物心つく前から、11歳離れた兄の裕太郎さん(28)の試合を両親と一緒に見に行った。幼稚園のころは宇部鴻城のグラウンドが遊び場。尾崎公彦監督(49)や西岡和也部長(45)らに「健ちゃん、健ちゃん」とかわいがられた。「体が大きく、かっこいい」。池村君には選手たちがヒーローだった。

 裕太郎さんは最後の夏、4番一塁手として甲子園をめざしたが、山口大会の準決勝で敗れた。泣いている兄を見て悲しい気持ちになったが、全力を出し切った姿はかっこよかった。「高校野球っていいなあ」と思った。

 その翌年、小2で野球を始めた。父の裕三さん(53)が兄のために車庫を改造したティーバッティング場でバットを振った。小6のとき、広島の大学へ進学した兄が就職のために実家に戻った。ランニングや庭での投げ込みに付き合ってくれた。大学でも野球を続けた兄は知識が豊富。制球が良くなるよう体の使い方などを教えてくれた。

 「監督さんのもとで野球をすれば、人間的にも成長できるぞ」という兄の言葉を信じ、宇部鴻城へ。練習は厳しく、重さ10キロ以上あるタイヤをかついでのダッシュなどをこなした。

 2年生の冬、尾崎公彦監督から練習態度を注意され「ユニホームを着る資格がない」と叱責(しっせき)された。食事を戻してしまうほど落ち込み、84キロあった体重は78キロまで落ちた。

 母の美津代さん(54)からそのことを聞いた裕太郎さんはLINEや電話で励ました。「ここで折れて何が残る。最後までがんばれよ」。それからは積極的に声を出し、率先して準備や片付けに取り組んだ。小学生のときからバッテリーを組む捕手の山本雄一郎君(同)は練習後もグラウンドに残って走り込む池村君の姿を見ていた。「このころから、走る姿や練習に取り組む姿勢でチームを引っ張るようになった」と振り返る。

 山口大会の開幕前、池村君は初めてエースナンバーをもらった。宇部鴻城は選手層が厚く、甲子園ベンチ入りメンバーだけでも4人の投手がいた。互いに競い合ってきた岡田佑斗君(同)や遠山雄大君(同)は、池村君の投手へのこだわりや、色々な投手の動画を見て研究する姿に「エースは池村しかいないと思っていた」と声をそろえる。

 12日の宇和島東(愛媛)との初戦、池村君は6番右翼手として出場。マウンドには立たなかったが、二回にチーム初安打を放つなど5打数4安打と活躍した。「投げたかったけど、自分のわがままを出したら終わり」と気持ちを切り替えた。試合前には岡田君に「俺が後ろにおるから、思い切って投げろ」と声をかけた。尾崎監督は「投手として登板しないときも、チームの中心として活躍してくれる」と信頼する。

 スタンドから声援を送った裕太郎さんは「自分の夢を、11年経って弟がかなえてくれた。堂々とプレーする姿を見て、大きくなったんだなと。次は本人が憧れてきた甲子園のマウンドに立ってほしい」と話す。

 池村君は普段、兄に感謝の気持ちを伝えられないでいる。励ましや応援のLINEのメッセージが届いても「わかった」と素っ気ない返事しかしない。面と向かって言葉にするのは恥ずかしいが、その気持ちは、甲子園でのプレーで伝えるつもりだ。(藤牧幸一)

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