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福島)高校野球って何ですか 磐城高校野球部監督に聞く

2019年8月24日03時00分

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 第101回全国高校野球選手権大会(日本高野連、朝日新聞社主催)で履正社(大阪)が初優勝し、参加3730チームの頂点に立った。その陰で福島大会の初戦で敗退し、球場裏で涙を流して選手に言葉を掛けている監督たちがいた。その一人、磐城の木村保監督(49)に高校野球への思いを聞いた。

 ――白河旭との試合後、球場の外で3年生全員と握手し、涙を流していた姿が印象的でした。

 お恥ずかしい限りです。でも正直、あの子たちともっと一緒に野球をやりたかった。磐城は先輩が甲子園で準優勝しています。だから目標は「日本一」でした。でも初戦で敗退してしまい、勝たせてやれなかった自分への反省や、あの子たちとの野球も今日で終わってしまうのかと思い、胸がいっぱいになってしまいました。

 ――試合は0―6で迎えた六回裏、無死満塁で四番の満塁弾で2点差に。九回裏に二死一塁で代打が左越え二塁打を放ち1点差。さらに送球が乱れた隙に打者が三塁を狙うも、アウトになりました。

 実は、六回裏の満塁弾はスタンドに入ってほしくなかったんです。走者が全員本塁に返ると、試合が落ち着く。相手の投手が苦しんでいたので、走者を塁に残したまま、攻撃を続けたかった。

 逆に九回裏は入ってほしかった。左越えのフェンス直撃。選手が二塁を蹴った瞬間、「あっ、ダメだ」と思いました。でも彼を責めることはできません。「攻めた」のですから。結果的にアウトになりましたが、それは仕方のないことです。

 ――自身は現役時代、どのような選手でしたか。

 中3の時、地元の球場で、磐城が若松商を下して甲子園出場を決めた試合を見ました。その日から「磐城に入って甲子園に行く」ことが夢でした。磐城に入り、1年生の秋に正捕手になりましたが、自分自身の心身の未熟さから直後に退部してしまいました。翌春、監督が代わり、仲間からの誘いもあって、もう一度野球部に戻って1年生と声出しやグラウンド整備をこなしました。

 3年の春の県大会では4強に。第5シードで夏の大会を迎えたのですが、初戦で田島に敗れました。私はベンチでした。試合に出られなかった悔しさよりも、「甲子園に行けなかった」悔しさの方が大きかった。正直、「やり残した」と感じました。でも、もう試合には出られない。ならば指導者として、甲子園を目指したいと思いました。

 ――監督としてデビューしたのはいつですか。

 大学で教職を取り、最初の1年は定時制高校に着任しました。やんちゃ坊主ばかりでしたが、教育者としては本当に勉強になりました。生徒は昼間働いて、夜に学校に来るので、野球の練習は午後9時から10時までの1時間。境遇も経験も様々なのですが、野球をしている時だけは目が輝くんです。決して勝ち負けだけではない、「こういう野球もあるんだな」と学びました。

 次の赴任は山の中にある安達東という小さな学校で、朝から晩まで白球を追い掛けました。その次は内郷(現・いわき総合)。野球を通して教師と生徒が一丸となり、夏の大会でベスト8の成績を残しました。次の赴任先である須賀川では、夏の大会で準優勝を勝ち取りました。

 ――そして磐城。進学校は野球部には不利ですか。

 自分のいた頃とは違い、今では勉強のために練習の時間が制限されています。そういう縛りの中で、いかに質と効率を高められるか。分単位でメニューを決め、とりわけ「準備」を大切にしています。

 夏の大会は先取点を取ったチームが勝つ確率が高いのです。選手には「最後の試合」という思いがありますから、先取点を取られると焦ってしまうんです。だから本番でも平常心を失わないように、打撃練習の1球目から夏の大会の場面を想定して挑めるか。そこで勝敗が決まってきます。

 磐城では意識的に「自分たちで考えて」練習に取り組ませています。メニューはもちろん、主将もベンチ入りのメンバーも相互の投票で決めます。「自分たちで決めた」からこそ、生徒たちはがんばれるのです。

 ――最後に高校野球の魅力とは何でしょうか。

 勝ち負けのスポーツですから、勝った時の喜び、負けた時の悔しさは当然あります。でも最大の魅力はやはり、野球を通じて子どもたちが人間的に成長していく様子がしっかりと見えることだと思います。夏の大会などでは、1戦1戦、苦しい場面を勝ち上がっていく中で、生徒たちは驚くほどたくましくなります。

 たとえ負けたとしても、悔しさのなかで、「自分たちは決して間違っていなかった」と思わせたい。進学や就職、結婚など、人生の岐路に立った時、「自分はやりきったんだ」と思い出せるようにしてあげたい。それが長い人生の中で大きな財産になると思うんです。人生は1回しかない。やるかやらないか悩んだら、絶対にやった方がいい。生徒にはそう言って送り出しています。

 だから、大学を卒業したり、就職したりした時、高校に会いに来てくれると、とてもうれしい。特に結婚式の披露宴に招かれた時。その都度ご祝儀を払うので妻からは「うれしい悲鳴だね」と苦笑いされるのですが、人生の旅立ちに招かれて「野球をやってて良かった」なんて聞かされると、つい、しみじみとしてしまいます。(聞き手・三浦英之)

     ◇

 きむら・たもつ 1970年、いわき市出身。磐城高から東京電機大に進学し、教職員免許を取得。いわき光洋(定時制)や安達東、内郷(現・いわき総合)、須賀川の各高校で野球部の指導に当たる。2014年に磐城高に赴任し、15年から監督。

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