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腎臓の大病克服してさばいたゴロ 野球できる喜び感じて

2019年8月10日14時27分

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 関東一(東東京)が10日、点の取り合いとなった日本文理(新潟)との一戦を10―6で制した。大病を克服した金森優君(3年)が守備の要として途中から出場し、役割を果たした。

 2点リードの七回表1死二、三塁。三塁前に打球が転がった。この回から出場した三塁手の金森君は、本塁へ突入する走者を見ながら、冷静に一塁に送球。最少失点で切り抜けた。「自分の仕事ができました」

 甲子園に出たいと関東一に入った。1年生の2月、グラウンドを走っていて、いつものタイムが切れない。走れなくなり、自宅に戻った。春の都大会でメンバーに入ろうと努力を続けていたところだった。

 熱があり、片目が開かないほど、顔がむくんだ。大きな病院で受けた診断は、「ネフローゼ症候群」。血液中のたんぱく質が、尿と一緒に流れ出てしまう腎臓の病気だ。顔や体がむくみ、疲れやすく、悪化すれば腎不全も起こす危険性がある。

 1カ月半の入院生活では食事を制限され、60キロを超えていた体重は50キロまで落ちた。1日30錠ほどの薬を飲み、ベッドの上で安静にしていなければならない。感染症にかかりやすいことから外出はできず、薬の副作用もあって不眠症にもなった。「もう野球はあきらめた方がいい」。医師からはそう告げられた。

 「これからだったのに、何でこんな目に遭うんだろう」。父の寛さん(47)、母の圭子さん(47)が病室で見つけた「野球ノート」にはそうつづられていた。「焦っている本人に『治療に専念して病気を治そうね』とも言えなくて」。圭子さんは夜、入院先にパジャマを届け、会話もできず10分ほど顔を見て帰る日が続いた。

 「俺たち18人で甲子園に行くんだぞ」。同級生が書いた色紙が届いた。見舞った米沢貴光監督も「戻ってきてからで間に合うぞ」と声を掛けてくれた。「野球ができることの喜び、周囲への感謝など、病気になって気づくことが多かった」と金森君は振り返る。

 復帰後、寮の階段を3階まで上れば、足がつりそうになった。心肺機能も落ちた。「焦っても仕方がない。できることを少しずつやろう」。監督の言葉を思い出した。

 1年生の指導係を任せられ、抜かされるんじゃないかと考えながらも力を尽くした。仲間のプレーを見ながら、スイングと打球の方向や相手の隙を突く走塁について考えた。制限なくプレーできるようになったのは2年生の夏。体力が少しずつ戻ると、蓄えた野球の知識と相まって上達し、試合で活躍できるようになった。

 打撃に優れた下級生が入ってきて、先発の座は奪われた。それでも「めげず、くさることなく練習した」(米沢監督)。東東京大会でも守備固めで活躍した。薬を飲みながらプレーする甲子園でも、三塁コーチャーとして大きな声を出すのがまずは仕事だ。だがこの日は、相手を突き放す中前適時打も放った。「仲間と一緒に野球ができてうれしい。苦しかった分、喜びも大きい。次も仲間と喜びを分かち合いたい」(山田知英)

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