スポブルアプリをダウンロードしよう

  • Sportsbull Android App
  • Sportsbull iOs App

すべて無料のスポーツニュース&動画アプリの決定版!

QRコードを読み込んでダウンロード

Sportsbull QRCode

3度の手術と熊本地震乗り越え 憧れの甲子園走り回った

2019年8月14日20時41分

シェア

 熊本工の遊撃手、吉山綸太郎君(3年)は幼い頃、不整脈と診断された。3度の手術を受け、3年前には熊本地震を経験した。「野球ができることは当たり前のことじゃない」。そんな思いを胸に、あこがれの甲子園で走り回った。

 14日の関東一(東東京)との2回戦。相手に1点を先制されて迎えた四回表。内田雄大君(3年)の右前安打で、二塁走者の吉山君が三塁を回り、ホームに滑り込んだ。

 その姿をスタンドから見た父の浩実さん(46)は「あの頃を考えれば、夢のようです」と目を細めた。

 野球を始めた小学1年生のとき、健康診断で心電図に異常が見つかり、不整脈と診断された。日常生活を送るには支障はなかった。

 中1のときに手術を受けることを決断した。股関節から入れたカテーテルを首まで通し、不整脈の原因となる部分を焼き切るという方法。完治するには計3回の手術が必要と、医師に言われた。怖くなったが、野球を続けるために必要だ、と自分に言い聞かせた。

 2度の手術を受けたが、中3のとき、また息苦しさと胸の痛みを感じるようになっていた。

 2016年4月14日。福岡の病院で3度目の手術を終え、病室で寝ていた。大きな揺れで目が覚めた。熊本地震の前震だった。実家の熊本県益城町にいる家族に何度も電話をかけた。ようやくつながった母の幸恵さん(46)は「こっちは、やばいことになってる」と告げた。

 「家に帰りたい。迎えに来て」と両親に頼んだ。術後の苦しみと大きく傷ついた故郷。1人では不安に押しつぶされそうだった。病院とも話し合い、両親が迎えに来られるめどもついた。翌15日に益城町に帰り家族と過ごした。

 自宅で寝ていた16日未明、部屋が回転して自分の体がとびあがるような感覚に襲われた。本震だった。

 日常の景色が変わった。支給される1個のパンも、貴重だった。生きていくだけで精いっぱい。何かしなければ、と避難所に届いた食料や物資を避難している人たちに配ってまわった。

 もう野球は無理かなと思った。益城中の校舎は半壊し、練習していたグラウンドは立ち入り禁止に。約1カ月後にプレハブ校舎が建ち、野球も再開した。白球を追う喜びが身にしみた。

 この日、七、九回に得点を重ねて1点差まで追いついたが、惜しくも敗れた。試合後、同点のホームインのことを「めっちゃ、気持ちよかった!」と振り返った吉山君。涙をこらえながら、笑顔でこう言った。「負けても泣かないと決めていた。いろんな人たちの支えがあって、ここまで来たのだから……」(大木理恵子)

話題の記事

スポーツブルアプリアイコン