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育ての「たえちゃん」に恩返しできた 誉・坂又の一打

2019年8月6日17時29分

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 「おばあちゃんに一番の恩返しができた」。6日の八戸学院光星(青森)との開幕試合で、安打を放った愛知代表・誉の坂又宗太(しゅうた)君(3年)が言った。

 7点を追う七回裏、2死走者なし。坂又君が打席に入った。「チャンスで食らいついていこう」。放った打球は遊撃手への安打に。2千人超の応援団で埋め尽くされた三塁側スタンドが沸いた。坂又君の「おばあちゃん」木村妙子さん(85)も大喜びした。

 堺市出身。家庭の事情で、生まれた時から四つ年上の兄とともに木村さんと夫の昇さんの元で育った。小学生の頃病気で亡くなった母親の仕事上の知り合いだったという。

 中学時代、地域の硬式野球チームに所属。「初出場で甲子園に行ったらかっこいい」と誉への進学を決めた。木村さん夫婦の反対を押し切り、家を出た。

 愛知では寮で生活。毎朝6時から約1時間、バットを振る。練習が終わった後も必ず100球を打った。2日に1度は木村さんに電話し「たえちゃん、体、気いつけてや」と気遣った。

 高齢のため愛知大会はインターネット中継で見ていたという木村さん。でも坂又君が大阪を離れるときに言った言葉を覚えていた。「甲子園のいすに座らせてあげる」。この夏、誉が甲子園出場を決めた時、胸がいっぱいになって泣いた。その夜の電話で、坂又君は昨年82歳で亡くなった昇さんを思い、「じいちゃんが生きていたら喜んでたやろうな」と話したという。

 この日の試合開始直前、ヘリコプターから投下された始球式用の球を左翼手の坂又君がキャッチするハプニングもあった。試合は0―9で敗れたが、坂又君は試合後、「一番楽しいグラウンドだった。後悔はない」と言い切った。

 木村さんは、試合が終わって、選手がアルプス席に向かってあいさつをした後、ベンチに消えるまで坂又君の背中を見届けた。「必死になって打ったり走ったりしているのを見ることができて本当に良かった。今までは育てているという気持ちだったが、今はむしろ、自分を育ててくれてありがとうという気持ちです」(村上友里、藤田大道)

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