野球漫画変えたリアルさ 名選手もとりこにしたドカベン
夏の高校野球は地方大会が終わり、代表49校が出そろった。神奈川代表は――もちろん明訓高校、といえば漫画「ドカベン」の世界だ。その一場面が現実の甲子園で起きるほどに、従来の漫画を超えるリアルな野球の面白さを描き、あの名選手もとりこになった。
■駆け引きの面白さ
1972年に連載が始まった、水島新司さん作のドカベン。天才的な打撃技術をもつ捕手山田太郎、悪球打ちの三塁手岩鬼(いわき)正美、秘打と華麗な守備の二塁手殿馬(とのま)一人(かずと)、下手投げの投手里中智(さとる)ら、個性あふれるメンバーが登場する。
ライバルたちも、ご当地色も盛り込んで強烈だ。「野球王国」神奈川のライバル・白新の不知火(しらぬい)守、土佐犬を連れた荒々しい土佐丸(高知)の犬飼小次郎、大阪の通天閣打法の坂田三吉……。
画期的だったのは、投手中心の漫画が多かった中で、捕手を主人公に据えたこと。「魔球」など現実離れした設定ではなく、バッテリー対打者の駆け引きなど、リアルな野球の面白さも取り込んだ。例えば1年秋、横浜学院の強打者・土門剛介との対決。カーブ、シュート、落ちる球、ストレート。4球に込められた緊迫感あふれる心理戦を、20ページにわたって描いた。
記録や知られざるルールを盛り込むところも魅力的だった。記者も「完全試合」は里中の快投で知った。
そんな場面の一つが、現実の甲子園で実際に起きた。
■甲子園で「岩鬼になった」
2012年夏。鳴門(徳島)―済々黌(せいせいこう)(熊本)戦の七回、1死一、三塁で済々黌の打球は遊撃ライナー。走者が飛び出した一塁に送られ併殺、スリーアウトとなったが、三塁走者の中村謙太選手は本塁へ走り、一塁のアウトより先にホームを踏んだ。これが生還と認められて貴重な追加点に。済々黌は初戦を突破した。
最初から三塁に送球するか、一塁送球後でも三塁に送って中村選手のアウトに置き換えるとアピールしていれば、点は入らなかった。が、鳴門はそのままベンチに戻り、得点は有効に。野球規則の「アピールプレー」を巡る珍しい場面だった。
この30年以上前に、ドカベンで同様の場面が描かれていた。対白新戦、1死満塁で明訓のスクイズが投手不知火への小飛球に。白新は飛び出した一塁走者山田をアウトにして併殺としたが、この間に三塁走者岩鬼が本塁に滑り込んでいた。白新はそのままベンチに戻り、明訓が得点――。
済々黌の中村選手は試合後「岩鬼になった」。ドカベンでルールを知っていて、あえて本塁に突入したのだった。小学生のとき、自由研究の題材を探しにいった図書館でドカベンの続編「大甲子園」と出会い、夢中になった。
公立校の済々黌。大型選手が集う私立の強豪にパワーで対抗するのは難しい。徹底的に磨いたのが走塁だ。隙をついて次の塁を狙う意識を徹底していた。1死一、三塁から無安打で得点する一策として監督が示したのが、この手だった。「実際に読んでいたので、監督の言葉を聞いて、すぐにピンときました」と中村さん。
練習試合では一度もうまくいかなかったが、大舞台で成功。「力以上の何か、(作者の)水島先生や野球の神様のおかげでしょう」。大学を経て生産設備メーカーに就職、あのプレーは25歳の今も宝物だ。「準備ができている人間にチャンスは与えられる、と思うようになりました」
■清原さん「ドカベンと一緒にやりたい」
1972年の連載開始当時、野球少年の憧れは長嶋茂雄や王貞治らが活躍するプロ野球だった。ドカベンはその目を高校野球に向けさせ、名選手の誕生を後押しした。
山田と同じ、高1の夏から5季連続甲子園出場の清原和博さん(51)もその一人。ドカベンのプロ野球編を始めた経緯を、水島さんが単行本1巻でつづっている。「このキッカケを作ってくれたのが(中略)清原選手でした。『ドカベン達は今、どうしているんですか。プロで一緒にやりたいですよ。』のひと言でした」
ドカベンとともに人気を高め、多くの名選手を生んだ高校野球。全国選手権が100回を数えた昨年、ドカベンシリーズは46年の歴史に終止符を打ったが、現実の球児たちの熱闘はこれからも続く。101回目の全国選手権は、8月6日開幕だ。(斉藤勝寿)
■「まねしていた2人と対戦できた」中日ドラゴンズ・平田良介選手(31)
ドカベンのスーパースターズ編で、中日ドラゴンズは、山田たち明訓の選手が勢ぞろいした新球団と日本シリーズで対戦。第7戦は里中の故障で殿馬や岩鬼らが登板し、僕も7番センターで登場、岩鬼から本塁打を放っています。
子どものころは、殿馬のまねをして秘打の練習をしたり、岩鬼のまねをしてサンマを骨まで食べたり。それぐらい大好きだった2人と対戦できたのですから、うれしかったですね。漫画好きとか、強い男に燃えるとか、僕の性格も描かれていて、水島先生はどうして知っていたのでしょう。
出会いは小学校の時。野球好きを知ったおばさんが「プロ野球編」を買ってくれたことがきっかけ。たちまち夢中になって、「大甲子園」「ドカベン」などをそろえました。
ドカベンを通じて、アウトの置き換えのルールとか、投手のくせから球種を読むとか、野球の面白さと奥深さを学びました。ドラゴンズに入団して寮に入った時も持っていったぐらい大好きです。
登場人物で対戦したい投手はたくさんいます。白新の不知火もその一人。3年夏、山田を三振にとった場面、山田が低めのボールと見送ったら高めのストライクだったというシーンがあります。それだけ手元で伸びたのです。阪神の藤川球児さんと対戦した時、それと同じ球がきました。まさに「ドカベン」を体感した瞬間でした。
■本の内容
「週刊少年チャンピオン」(秋田書店)で1972~81年に連載。主人公は「ドカベン」が愛称の山田太郎。中学時代の柔道部から、明訓高校野球部での活躍を描く。続編に「大甲子園」「プロ野球編」「スーパースターズ編」「ドリームトーナメント編」がある。
■ドカベンと高校野球
1972年 ドカベン連載開始
73年 作新学院の江川、甲子園で快投。「怪物」と呼ばれて大人気に
79年 ドカベンと呼ばれた浪商の捕手香川が夏の甲子園で史上初の3試合連続本塁打
81年 ドカベン終了
83年 ドカベンの主人公山田の3年時を描いた「大甲子園」連載開始
PL学園の桑田・清原コンビが夏の甲子園で優勝。以降85年夏まで5季連続出場
92年 星稜の松井、5打席連続で敬遠される
95年 ドカベンプロ野球編開始。山田は西武、岩鬼はダイエー(ソフトバンク)、殿馬はオリックスに入団
98年 横浜の松坂、夏の甲子園決勝で無安打無得点試合
2004年 ドカベンスーパースターズ編開始。山田、岩鬼、殿馬らがパ・リーグに創設された新球団に入団
12年 プロ球団が勝ち上がり方式で対戦するドカベンドリームトーナメント編開始
18年 ドカベン全シリーズが完結
選手権大会が100回を迎える