メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

指揮する姿も叔父・馬淵流 初陣で知った甲子園の難しさ

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • メール

2019年3月27日17時30分

 (27日、選抜高校野球 大分4―1松山聖陵)

 一塁ベンチの最前列左端に陣取り、選手に指示を出す姿が、どこか叔父(おじ)と重なった。

 「意識していませんが、テレビで見たら、そっくりと思われるでしょうね」

 試合後のインタビューで敗因を語る松山聖陵・中本恭平監督(30)の表情が少しだけ緩んだ。

 甲子園通算50勝の明徳義塾・馬淵史郎監督(63)は父親の弟だ。自身も明徳義塾で野球をしたから、叔父は恩師でもある。

 高校時代は出られなかった甲子園。「思ったより落ち着いていた。落ち着きすぎかな、というぐらい」。しかし、一回にいきなり2点を先行され、後手に回った。「難しい。あっという間に試合が進んでいく」。大分に1―4で敗れた。

 叔父には勝負の厳しさを教わった。「勝つことで、しんどい練習が報われるのに、甲子園で勝たせてあげることができなかった。監督の責任です」

 自身は叔父と同じ拓殖大に進み、社会人野球でもプレーした後、教員免許を取得。昨年4月に松山聖陵に赴任してコーチをしていたら、前監督の不祥事により、今年2月に監督となった。

 「新米の代行監督のもと、選手は頑張ってくれた」。試合を振り返りながら、「監督の責任です」と何度も口にした。

 叔父は長年、その責務を負い続けている。

 「改めてすごい人だと思いました。どこまでも目標の人です」。自分が監督を続けるかどうか、学校の人事はまだ決まっていないそうだが、「選手を勝たせてあげられる監督、選手が勝たせてくれる監督になりたい」と決意を新たにした。

■「甲子園は難しいんよ」

 馬淵監督は春季高知県大会の準々決勝に臨んでいたため、四回途中からテレビ観戦したという。

 「大分のバッテリーが一枚上やったね。内角球をうまく使っとった。甲子園戦法で早めに動かす手もあったかな。エンドランとかね。それにより、相手が警戒するようになるから。電話で『思い切りやれ』と激励したが、思い切りできてなかったかな。まあ、甲子園は難しいんよ。負けとると、とくに早う試合が進むように感じるの」(編集委員・安藤嘉浩)