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右腕に乗り移った兄の思い スコアボードに並んだゼロ

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2019年3月25日18時04分

 第91回選抜高校野球大会で、津田学園(三重)は25日、昨秋の近畿王者の龍谷大平安(京都)と延長十一回の死闘を演じた。エースの前(まえ)佑囲斗(ゆいと)投手(3年)は最後に力尽きたが、十回まで無失点。同校野球部OBでもある兄・恵弥(けいや)さんの思いが、右腕に乗り移った。

 「夢の舞台だった。兄のためにもやってやろうと思っていた」。自身初の聖地のマウンドで、11回を4安打に抑えた前投手は満足そうに言った。

 前投手にとって、恵弥さんは2学年上の先輩。恵弥さんも投手だったが、けがが多く、ほとんど試合に出られなかった。3年生だった2017年夏の三重大会は腰の手術を受けて入院中で、優勝の瞬間は見られなかった。

 この年、弟も1年生だったが、期待されながら、この夏の背番号を逃した。恵弥さんには弟がふてくされ、仲間との会話は生返事で、部活で決まったルールを軽んじているように見えた。そんな弟を野球部寮で叱った。「これじゃ駄目だ。目標を持っていけ」

 けがで満足にプレーできない自分の言葉を聞き入れるかどうか不安だった。でも、弟からは「頑張ってみる」と言われた。当時は130キロに満たなかった直球のスピードを20キロ高めようと、2人で決めた。

 練習を重ねた前投手の球速は148キロまで伸び、選抜出場の立役者になった。龍谷大平安戦の四回、1死二、三塁のピンチを背負う。いつもより体が開いているのに気づき、フォームを修正。冷静さが光り、後続を連続三振に抑えた。勢いに乗り、十一回まで全力で立ち向かった。

 アルプススタンドで応援した恵弥さんは「弟は踏ん張った。次は勝っていい結果を残してほしい」と力投をたたえた。心身共に成長を見せた前投手は自信をつかんだ。「ゼロが並んだスコアボードは誇らしかった。夏は勝利を見せたい」(村井隼人、申知仁)