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鳥取)県勢奮闘、次の100回へ 全国高校野球

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2018年12月26日03時00分

 1915年(大正4年)に全国中等学校優勝野球大会として始まった全国高校野球選手権大会は今年、第100回を迎えた。7月14日に始まった鳥取大会では、鳥取代表として過去に甲子園で活躍した選手の孫や元選手を開幕試合と決勝で始球式に招くなどの記念事業で節目の大会を彩った。

 さらに甲子園の全国大会開会式では、第1回から欠かさず地方大会に参加している全国15の皆勤校として、鳥取西、米子東の両校主将も入場行進に参加。鳥取西の浜崎瀧大郎さんは前身の鳥取中が第1回の開幕戦で勝利を挙げたことから、入場行進を先導する大役を担った。鳥取の球史の深さを感じさせたトピックスだった。

 そんな華やかさの一方で、猛暑対策に追われた大会でもあった。開催地の鳥取市では7月14~25日の大会期間中、最高気温が33度を下回る日がなく、最高は38・2度を2回記録。県高野連とともに主催者として選手や観客の安全を確保するために腐心した。

 主なものでは、球場外に冷房付きのコンテナを設置して救護室を拡張。ベンチ内にミストファンを導入し、スタンドの通路にブルーシートを張って日陰を作ったり、応援団にテントの持ち込みを認めたりした。それでも熱中症(疑いを含む)による救護は1日平均20件、救急搬送は大会を通じて12件あった。

 試合進行では気温が一定以上になった場合、七回終了時にも給水時間を設けて選手を休憩させ、暑さのピークを避けるため決勝の開始時刻を午後3時に1時間繰り下げた。来年以降も細心の注意を払って大会運営に当たりたい。

 節目の年に選手たちが見せたがんばりにも目を向けたい。夏の鳥取代表・鳥取城北は1回戦で京都代表の龍谷大平安と対戦。2―3で九回サヨナラ負けを喫したが、この試合で春夏通算100勝を挙げた強豪を相手に八回に一度追いつくなど互角に渡り合った。秋の中国大会では登録選手16人の米子東が準優勝。23年ぶりの選抜大会出場に大きく近づいている。

 両校の戦いぶりに、県高野連の田村嘉庸理事長は「ほかの指導者や選手たちも勇気づけられているはずだ」と話す。私も同じ思いだ。200回大会に向け、来年が県内の高校野球界にとって飛躍の確かな一歩を刻む年になることを願う。(山岸達雄)