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野球一徹(7)智弁和歌山・高嶋仁名誉監督

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2018年12月19日21時27分

 初めて監督引退を考えた試合がある。2015年夏の甲子園、津商(三重)戦。7失策の末、4―9で敗れた。

 恥ずかしい試合です。練習でやっとることをやってない。人間のすることやから、飛んできたやつをエラーっていうのはしゃあない。でもスクイズされて、一塁に投げよう思うたらだれもおらん。それが二つ続いた。おれはこんなチームに育てたんやなあと思って。もう首やなって。監督の責任ですよ。勝った負けたよりも、こっちもプライドがあるじゃないですか。普段やっとることができんというそういう選手を育てたことに僕は責任を感じとったんですけどね。

 若手監督にとってあこがれの存在となった。

 生前、箕島の尾藤公監督に言われました。「高嶋、和歌山の若い指導者も育てなあかんで」と。でもそれって、「自分で盗めや」ってやっぱ思うんです。僕のやり方を盗んだらわかるやんと。高野連の監督部会ってあるんですね。打ち上げとかあるじゃないですか。僕の隣に、みんな入れ代わり立ち代わり話しに来る。1人だけ隣にずーっとおるやつがいるんですよ。じーっと聞いとる。なんとか盗んだろうと思ってね。僕はそれでええと思うんですよ。こいつやるんちゃうかなって思いますよね。

 監督の仕事とは。

 監督はいかにして勝つかですね。難しいですよ。野球でもなんでもそうですけど、やる以上はトップを目指したい。甲子園に出られるようになったら、今度は甲子園で勝ちたいと思うじゃないですか。そのためには人と同じことをしとったらあかん。人の倍、3倍やらんとあかんというのが持論なんです。練習はうそをつかない、やったらやっただけのことは出るはずやと思ってやっとるんです。

 自分の野球がすべてとは思ってないですから。もっと違う野球もある、考え方もある。ましてやプロの連中はどういう考え方をしとんのかと思って聞きに行っとるわけですやん。もう一つ上を、もう一つ上を、って。自分にプラス、選手にプラスになるもんが何かないかと思って行っとるわけです。僕は甲子園でもちろん勝ちたいんですけど、やるのは選手ですから。できるだけこいつらと長く甲子園におりたいと、そういう気持ちだけですけどね。=おわり

     ◇

 この連載は大森浩志郎が担当しました。