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裏目に出た星稜・林監督の判断 奥川の登板遅らせた理由

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2018年11月13日14時18分

【ダイジェスト動画】札幌大谷―星稜

 明治神宮野球大会は13日、高校の部の決勝が東京・神宮球場であり、3度目の優勝を狙った星稜(北信越・石川)は、初出場の札幌大谷(北海道)に1―2で逆転負けした。

 林和成監督にとっては、選手として1991年に1学年上の松井秀喜さん(元ヤンキース)らと優勝を味わって以来の神宮の決勝。監督として初めて挑んだ秋の頂点に、あと一歩及ばなかった。

 「今年の3度の負け(春、夏の甲子園と神宮)のなかで、一番悔しいです。27年前と違って、新チームからここを目標にして駆け上がってきたので」。試合後の林監督は、表情を失っていた。

 先発には背番号11の右腕、荻原吟哉(1年)を送り出した。昨季からのエースで全国屈指の右腕、奥川恭伸(2年)には試合前、「最後の3イニングだけ」と伝えて右翼手で起用。「大事な投手。無理はさせたくない」。疲労や2番手以降の投手を育てることも考えて、そう決めた。

 勝負の分かれ目は、1―0の七回にきた。荻原が1死から連打で二、三塁のピンチを招く。林監督は動かない。2死後、逆転の中前適時打が飛び出した。なおも2死一、三塁。たまらず奥川をマウンドに走らせた。エースはその後、1人の走者も許さなかった。

 試合前のやりとりでは、七回の頭から、あるいは失点する前に奥川を登板させることもできたはず。林監督は、裏目に出た判断の背景をこう振り返った。「六回の時点で(奥川は)ブルペンで、まだ立ち投げだった。直前の攻撃でも走者で塁に出ていたので」

 早いテンポで進んだロースコアの投手戦。そこに奥川の準備への配慮が絡み、難しい決断を迫られていた。そして、試合の流れにのみ込まれた。

 2011年に監督に就任し、母校を5度、甲子園へ導いた。昨季は選抜大会準々決勝の三重戦で、八回に追いつく粘りをみせながら、九回に5失点して惜敗。今夏は2回戦で済美(愛媛)に一時は大量リードしたのに、タイブレークの末に敗れた。そして、この日の黒星。優勝を狙えるチームに育ててきたが、何が足りなかったのか。

 「きょうは打てなかったが、打てたら勝てたとか、そんな単純なことじゃない。全国の頂点に立つチームはひと味もふた味も違う」。視線の先には、もう春の甲子園があるのだろう。「私生活から見直して、隙のないワンチャンスに強いチームを作っていきたい」。43歳になった指揮官の、模索は続く。(小俣勇貴)