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野球一徹(1)智弁和歌山・高嶋仁名誉監督

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2018年12月13日20時14分

 僕はね、自分で監督には向いてないって思うとるんですよ。やっぱりコーチやなって。アドバイスする方が向いとるんちゃうかなって思うとるんですけどね。

 2007年夏の甲子園、日南学園(宮崎)―常葉菊川(静岡)戦での1球に、もやもやする気持ちが抑えられなくなった。

 普通、自分の学校が甲子園で負けて帰ってきたら、見に行かんでしょう。でも僕は何回でも行くもん。その年は日南学園が強くて、ひょっとしたら優勝するんちゃうかなあと思って、これは見とかなあかんと。

 3―0で日南学園が勝っとったんですけど、八回に日南学園のピッチャーが直球投げて、ホームランを打たれた。配球見とって納得できやんのです。変化球やったら三振やろってところで、なんで真っすぐなんやって。

 甲子園から帰ってきてもずーっともやもやして、これはあかんと。日南学園の監督に「おれ納得いかん。バッテリーに会わせてくれ」って電話して、宮崎まで会いに行ってきました。

 そしたらバッテリーは「真っすぐに自信ありました」って。全然納得できん。僕の考えですけど、あそこは変化球の配球。勝っとんのやからヒットは打たれてもええんですよ。ホームランはいかんですやん。勝負にこだわるんなら、変化球できちっと打ちとるべきだったと思うんです。

 直球で勝負するんやったら、直球で勝負できるような配球をせなあかんですよ。緩い球を見せて、最後に自分の得意球の真っすぐで勝負すると。チームというのは勝つためにやっとるんです。やっぱり監督として見た場合には、勝たなあかんわけです。

 甲子園でいかに勝つかを考え続けてきた。

 田中マー君(大リーグ・ヤンキースの田中将大投手)のときもそう。駒大苫小牧をなんとかやっつけようと思って、北海道の知り合いの監督のところまで、「田中のマー君を倒すためにどんな練習しとんのか教えてくれ」って行ったんですよ。もうねえ、思い出したらどうしようもないねん。わかるでしょ、なんちゅうやつやって。そんなんで50年近くやってきたわけですよ。納得いかんかったら納得いくまでね。

     ◇

 甲子園最多勝の名将である前に、一人の野球好き。今年8月に智弁和歌山の監督を引退した高嶋仁氏(72)にとって、指導者としての48年間は野球を追究し続けた日々でした。高嶋仁という「ひと」と、野球を通じた「ひとの育て方」にインタビューで迫ります。大森浩志郎が担当します。

     ◇

 たかしま・ひとし 長崎県出身。選手時代は海星(長崎)で2度、夏の甲子園に出場。日本体育大学を卒業後、1972年に智弁学園(奈良)の監督に。80年に智弁和歌山の監督に就任。同校を夏23回、春12回の甲子園出場に導き、夏2回、春1回の優勝を果たした。甲子園通算68勝は歴代最多。甲子園のベンチ前でどっしりと立つ姿は「仁王立ち」としてファンにもおなじみとなった。今夏の100回大会終了後に引退を表明し、名誉監督に就任した。