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鹿児島)創部100年の鹿実 夢舞台で「つなぐ野球」

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2018年8月10日03時00分

 3年ぶり19回目の夏の甲子園に臨んだ鹿児島実は、8日の初戦で金足農(秋田)に敗れた。創部100年の節目の年を勝利で飾ることはできなかったが、大会屈指の右腕を相手に奮戦。選手たちは9日、晴れやかな表情で帰途に就いた。

 150キロの速球に多彩な変化球を織り交ぜる金足農のエース吉田輝星君(3年)を、いかに攻略するか。選手たちが球場で練習している間、指吸(ゆびすい)涼太君(3年)と内藤拓夢君(3年)は兵庫県西宮市の宿舎で分析にあたっていた。

 試合前日にはメンバー18人と監督らが、2人がまとめた資料をもとに検討。「球が速い投手。コンパクトに振ろうと思った」と4番の西竜我(りょうが)君(3年)。

 迎えた試合当日。エース吉村陸矩(りく)君(3年)は二回に三塁打を打たれながらも無失点に抑えたが、三回には3点を先制されてしまう。打線も吉田君を攻略できず、援護ができない。

 苦戦するなか、自慢の「つなぐ野球」を見せたのが八回。先頭打者は西君。鹿児島大会の決勝で満塁本塁打を放ち、この試合も六回に二塁打を打っている。

 「4番として打たないと」。緩い変化球に体が反応し、打球は中前へ。続く岩下丈君(3年)も犠打を成功させ、1死二塁の好機に打席が回ってきたのが、上がり調子の原口大史君(3年)だった。

 「西を意地でもかえしてやる」と直球を振り抜き、西君が生還。反撃はここまでだったが、「最後まで自分のプレーができたので悔いはないです」と西君。

 詰めかけた観客と大歓声に囲まれた夢の舞台に立った選手たち。「一球一打にすごい歓声があがった。最高の場所で野球ができた」と西畑光瑛主将(3年)。宮下正一監督は「この場所に連れてきてくれた3年生に感謝している」と話した。(小瀬康太郎)