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白山に気合注入、伝令パルマ・ハーヴィー とにかく笑顔

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2018年8月10日16時30分

 第100回全国高校野球選手権記念大会で、三重代表の白山が11日に愛工大名電(西愛知)との初戦を迎える。チームにとって欠かせない存在が、フィリピン出身の背番号17、パルマ・ハーヴィー選手(2年)だ。野球歴はまだ5年ほど。三重大会での出場はなかったが、持ち前の明るさで、いつも円陣の中心で声を張り上げ、伝令として先輩を鼓舞する。

 「キタモダオッカロン!」。試合前の円陣の中心では、パルマ選手がいつも叫ぶ。フィリピンで使われているビサヤ語で「今日は絶対勝つぞ」という意味だ。そんな気合に背中を押された仲間たちの雄たけびがこだまする。

 パルマ選手がこの言葉を叫ぶようになったのは三重大会から。ある日、「ハーヴィーがやった方が面白いから何か考えておいて」と先輩たちに任命された。気恥ずかしさがあり、日本語のかけ声を提案したが、「絶対日本語じゃない方がいい」と却下された。

 試合では、伝令を務める。辻宏樹主将(3年)は「ハーヴィーがあの笑顔で走ってくるだけでこちらも笑顔になる」と話す。

 マウンドに向かったのに東拓司監督(40)から託された指示をど忘れし、「えーっと……」と言葉に詰まってしまったことも。それでも仲間を笑わせ、何度もピンチを救ってきた。「笑顔を心がけすぎてたまに顔がこわばる」と話すほど、いつもスマイルだ。

 父方の曽祖父が日本人とフィリピン人のハーフ。日本にルーツを持つ縁で、両親はパルマ選手が幼少の頃、日本に働きに来た。その間、パルマ選手はいとこの家族と一緒にフィリピン南部のダバオで暮らし、バスケットボールに打ち込んだ。小学4年の時、津市に移り住んできた。

 来日当初は、持ち前の明るさも影を潜めた。小学校に行っても日本語が全く分からず、「話していること全てが悪口に聞こえた」。間違った日本語を使って笑われたこともあった。

 必死に勉強し、小学5年にはある程度授業について行けるようになった。友達も増え、笑顔を取り戻した。キャッチボールで遊ぶようになると、友達から「結構投げられるね」と声をかけられ、小学6年でソフトボールを始めた。

 中学で野球部の門をたたき、1年の冬には硬式野球のクラブチームに入った。しかし、2年の夏、腰を痛めて半年間野球から離れ、その間にレギュラーを奪われた。「高校では絶対レギュラーを取る」と誓った。

 中学時代の担任、林敬一郎さん(37)は「高校野球の伝令という役割はぴったり」と話す。中学時代から責任感が強く、卒業式では答辞を読んだ。どんな相手にも距離を置かず話せるタイプ。授業中に教室を飛び出した生徒を呼び戻しに行ってもらうなど、林さんも何度も助けられたという。

 パルマ選手は中学時代の監督の勧めで白山に進学した。162センチと小柄だが足が速く、走塁には自信がある。1年秋から大きい声を買われ、学年のリーダーに任命された。河村岳留選手(2年)は「リーダーらしいから選ばれたというよりも選ばれた後にリーダーらしくなっていった」と振り返る。

 今夏の三重大会準々決勝、九回裏のピンチに、打球を追った中堅手と左翼手が交錯し、試合が中断するハプニングがあった。その時、「気持ちで負けるな」とベンチから叫び、先輩たちに気合を入れた。今や、押しも押されもせぬ次期主将候補だ。

 甲子園は訪れたのも初めて。甲子園見学では、インスタグラムの画像を見てあこがれていた舞台を踏み、「最高です」と満面の笑みを浮かべた。

 聖地でも伝令を務める。「大きな役割をもらった。3年生が活躍してくれるよう笑顔で役割を果たしたい」。どんなピンチも白山の元気印が救ってくれる。(甲斐江里子)