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初戦敗退の常連を甲子園へ、白山・東監督の並外れた情熱

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2018年8月10日11時12分

 第100回全国高校野球選手権記念大会で、11日に初戦を迎える三重県立白山高校(津市白山町)の東(ひがし)拓司監督(40)は、就任6年で無名の公立校を大舞台に導いた。部員5人から出発した野球部の急成長ぶりには、監督の情熱や挫折が詰まっていた。

 7月25日の三重大会決勝、優勝を決めてマウンドに集まった選手は動きが止まり、戸惑うように指を突き上げた。東監督は「胴上げもしてくれなかった」と冗談めかして笑った。

 三重大会中、東監督はベンチでメガホンを持って「いけ!」「やれ!」と声を張り上げた。「監督の仕事は、選手が思い切ってやれるよう背中を押すこと」

 2年前まで10年連続初戦敗退のチームがつかんだ栄冠は、日本中の熱視線を集めた。「急に強くなったわけではない、地道にやってきたことが実を結んだ」

 東監督は三重県松阪市出身で、父親も高校野球の指導者だった。県立久居高(津市)では俊足の外野手。当時の監督の松崎敏祐さん(70)は「周囲を明るくする屈託のない人柄だった」。

 卒業後は1浪して大阪体育大学に進学。上原浩治選手(巨人)とプレーし、全国大会にも出場した。指導者を目指し、保健体育の教員免許を取得した。

 だが、採用試験になかなか受からず、定時制高校など計3校で講師として働いた。「講師だから部長にも監督にもなれない。ものすごく悔しかった」

 2007年に念願の教員となり、古豪の県立上野高(伊賀市)で監督に就任。10年の三重大会でベスト4に導いたが、13年に白山に異動。県下有数の進学校から部員5人の野球部監督となり「正直へこんだ」。

 まず草だらけのグラウンドを整えた。練習より軽トラックで地面をならす時間の方が長かった。中学校で「野球が好きな子がいれば、白山に来るように伝えて下さい」と頼み続けた。

 人知れぬ苦悩もあった。15年8月、同い年で仲の良い宮本健太朗監督(40)が率いる津商が、甲子園で智弁和歌山を破った。白山は同じ月の秋季大会地区予選で2―21と惨敗。「こんなに一生懸命やっているのに前に進めないのか」。強豪校との落差に、ベンチで涙を流した。

 白山の強化の源は、年150以上の練習試合だ。監督自らマイクロバスを運転し、県内外を回る。決勝の相手、松阪商の冨山悦敬監督(64)は「うちはボロボロだったが、試合を数多くこなした白山は、決勝当日もピンピンしていた」。

 土日はほぼ練習試合で、基本は1日2試合。大型連休には、10連戦になることもある。「もちろん基礎練習も大事だが、打者が実戦で投手に慣れないといけない」と東監督。河村岳留選手(2年)は「最初は多いと思ったけど今は普通。試合の感覚がつかめて、よく打てるようになった」。

 無名校の監督が、なぜ多くの試合を組めたのか。東監督と小学生からの付き合いで、昨年度まで白山の顧問だった佐々木崇さん(40)は「小学生のころから無邪気で、人に頼るのがうまい」と言う。白山の監督になってからも根っこは同じだ。「弱かった時期でも、物おじせず強豪校の監督に話しかけ、練習方法などを教えてもらっていた」

 知恵と明るさでつかんだ聖地に、東監督の気持ちは高ぶる。「甲子園球場に入った瞬間、感動した。あこがれの場所で試合ができるのは幸せです」。11日、愛工大名電(西愛知)との初陣に挑む。(甲斐江里子)

 ■白山の夏の地方大会戦績

年/勝敗/回戦/スコア/対戦相手

2018年/○/決勝/8―2/松阪商

 〃/○/準決勝/6―5/海星

 〃/○/準々決勝/4―3/暁

 〃/○/3回戦/4―3/菰野

 〃/○/2回戦/11―3/上野

 〃/○/1回戦/10―3/四日市南

17年/●/3回戦/3―6/菰野

 〃/○/2回戦/8―0/神戸

 〃/○/1回戦/6―4/四日市西

16年/●/1回戦/1―3/相可

15年/●/1回戦/5―11/名張桔梗丘

14年/●/1回戦/2―11/津工

13年※/●/1回戦/2―12/紀南

12年/●/1回戦/0―9/上野

11年/●/2回戦/0―10/津田学園=初戦

10年/●/2回戦/1―4/津商=初戦

09年/●/2回戦/1―20/桑名=初戦

08年/●/2回戦/2―4/水産=初戦

07年/●/2回戦/0―11/桑名北=初戦

06年/●/3回戦/0―10/三重

 〃/○/2回戦/10―2/石薬師

※東監督就任

○=勝ち、●=負け