メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

行方不明の友、土砂かき分け捜す球児 選手宣誓での決意

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • メール

2018年7月17日11時30分

【動画】西日本を中心とする豪雨災害で延期されていた第100回全国高校野球選手権記念広島大会が17日、始まった。友が行方不明になった球児が、開会式の選手宣誓で自身の決意を語った

 「被災された方々に勇気と力を与えられるように全力でプレーします」

 西日本を中心とする豪雨災害で延期されていた第100回全国高校野球選手権記念広島大会が17日、始まった。友が行方不明になった球児が、開会式の選手宣誓で自身の決意を語った。

 「どうにもならない無力感も感じました。今なお困難な状況にある仲間もいると思います」。選手宣誓をした安芸南の田代統惟(とうい)主将(3年)は被災した地元の姿に衝撃を受けた。激しい雨が降り続いた6日から一夜明け、広島市安芸区の自宅近くに土砂や濁流が流れ込んでいるのを目の当たりにした。

 倒壊した家屋、流された車。自分は今どう行動するべきなのか――。

 「お前にできることをやってこい」。監督が言った。照りつける日差しの下、友人12人で母校の小学校付近の土砂の撤去に汗を流した。日ごろ整備するグラウンドの土より何倍も重たい。「心も重たかった」

 そんな中、中学の同級生で仲が良かった広島市立広島工業高校テニス部の植木将太朗さんが行方不明だと知った。11日朝から捜索に加わり、土砂をかき分けた。

 「もしかしたらどこかに隠れていて、けろっと帰ってくるんじゃないか。そうであればいいのに」。100人を超える同級生や教員らと彼を捜した。

 朝から夕方まで重い土と向き合った。日が暮れるころ、チームメートとキャッチボールをした。「早く仲間と野球がしたい」という思いが募る一方、野球をやっている場合じゃない、とも思った。

 練習が15日に再開された。被災はしたが、「今までよりチームの結びつきが強くなった。それぞれが自分で考えて行動し、成長できた」と感じた。

 6月23日の抽選会で「1番」の札を引き、宣誓文はチームメートや監督と話し合ってすでに決めていた。でも、自分たちの今の気持ちを伝えなければならないと、書き直した。「故郷の現状を伝え、自分たちの全力のプレーで、広島に元気を与えたい」

 17日朝、こう宣誓した。「私たち一人ひとりにとって、選手権大会は、一回きりのかけがえのないものです。どんな状況も克服し、それを乗り越えて挑戦します。それが野球だから」

 広島県内では道路の寸断や球場の断水、高校グラウンドの浸水などの被害があり、全国の56地方大会の中で最も遅い開幕となった。

 県内の犠牲者は17日朝時点で111人にのぼる。7日にマツダスタジアム(広島市南区)で予定していた総合開会式は中止され、この日は県北の三次(みよし)市の球場で開会式があった。出場全88チームは集まらず、第1試合に出る広陵と千代田の選手だけが整列した。追悼の半旗が掲げられる中、犠牲者に黙禱(もくとう)を捧げた。

 県教委によると、大会に出場する県立校では16校で校舎やグラウンド内に土砂が流入したり、のり面が崩落したりする被害があった。総合技術(三原市)は、敷地全体が浸水して野球道具がすべて水につかった。断水の影響で約1週間休校した呉市内の10校は、十分な全体練習ができていないという。

 大会会場の一つ、尾道市のしまなみ球場も断水したが、川の氾濫(はんらん)で水没し送水できなくなっていた取水場が復旧し、球場では16日から水が出始めた。県高野連は、大会の延期で審判員の組み替えにも追われた。

 開会式で県高野連の山田剛司(ごうじ)会長は「皆さんの真摯(しんし)で爽やかなプレーが、被災地の復興に向け、大きな励みになると確信しています」とのメッセージを読み上げた。(大滝哲彰、原田悠自)