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露店爆発で全身大やけど、乗り越え野球「勇気与えたい」

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2018年7月13日11時07分

 第100回全国高校野球選手権記念京都大会で13日、京都共栄(福知山市)が初戦に挑む。同校には大事故を乗り越えた1人の部員がいる。

 1年生の左腕投手、三木慶太君(15)。2013年8月、小学5年のときに同市の花火大会の屋台で起きた爆発に巻き込まれ、全身をやけどした。小1で入った地元の軟式野球チームの試合で投げさせてもらえるようになったころだった。

 毎年行っていた花火大会。家族で河川敷に座って花火が始まるのを待っていると、後ろで「シュー」と何かが噴き出す音がした。振り返った瞬間、10メートルほど先の屋台で「ドーン」と爆発が起きた。悲鳴と炎の中を夢中で逃げた。熱風でTシャツが溶け、腕が茶色く焦げたようになった。事故では3人が死亡、55人が重軽傷を負った。

 三木君は体の4割近くをやけどし、集中治療室での治療が続いた。一緒にいた母の純子さん(47)は「とにかく命があってよかった」と思った。それから皮膚の移植手術も数回受けた。痛みや発熱で食欲がない。痛くて自然と声をあげた。「なんでこんな目に」と落ち込んだ。

 「早く戻ってこいよ」「また一緒にやろう」。5カ月の入院生活で、見舞いに来て励ましたのは少年野球仲間や同級生だった。看護師や医師がおもちゃのバットやボールを使ったミニ野球大会を開いてくれた。

 応援してくれる人のために、また野球をしたい。手足の関節を伸ばし、手すりにつかまって歩くリハビリをこつこつ続けた。小6の夏から軽い練習に復帰できた。野球をできることだけでうれしかった。

 中学では一塁手で、高校から投手に戻った。先月の練習試合では5試合に登板。神前(かみまえ)俊彦監督(62)は「夏のメンバー候補だった。制球力がつけば中心を担える」と期待する。

 この日はボールボーイに入ったが、目標は甲子園で、子どものころから変わっていない。「全身やけどをしても野球ができるという姿を見せられたら、誰かに勇気を与えられるかな」(川村貴大)