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京都)乙訓・龍谷大平安、滑り出し快調 熱戦9試合

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2018年7月12日03時00分

 雨天で開幕が遅れたため、11日は試合数を増やし、今大会で最も多い9試合があった。春の選抜大会に出場した乙訓(おとくに)と、春夏合わせて甲子園出場73回の龍谷大平安は力を見せつけて3回戦に進んだ。12日も9試合が予定されている。

 ■同志社マネOG・肥田美智子さん

 応援席には、同志社の野球部OBにまじり、スクールカラーの紫色のTシャツを着た肥田美智子さん(70)=向日市=がいた。肥田さんは1965年に同校3年。野球部のマネジャーだった。

 同志社の現役マネジャーは試合前、球場の入り口前で選手の飲み物を用意していた。そこへ激励に来た肥田さんは「がんばってね」と声をかけた。記録員としてベンチに入る2年生の吉田百花(ももか)さんに、暑さ対策の保冷剤を手渡した。

 府高野連によると、肥田さんは府内の女子マネジャーの先駆者。半世紀以上前、運動部の女子マネジャーはほとんどいなかった。同志社中学校から同志社高校に進み、学校法人同志社の職員になった。同志社の高校野球部を応援し、試合の観戦を始めたのは中学1年のときだった。

 小さいころから体が弱く、なかなか外で遊べない。高校野球のラジオ中継を聞くのが好きだった。

 観戦歴は57年。応援も慣れたものだ。三回裏2死一、二塁のチャンス。「さあ、いこう!」と声を張り上げた。

 自身が高校3年生だったとき、京都大会で記録員としてベンチに入った。そのころは深刻な部員不足。応援団から助っ人を借りてくるほどだった。男子マネジャーを試合に出すため、放送部と生物部をかけもちしていた野球好きの肥田さんに声がかかった。

 同志社は第1回大会から出場している皆勤校。肥田さんは「私がマネジャーをやらなかったら途絶えていたかもね」と笑う。

 母校のグラウンドに顔を出すようになったのは退職後の61歳。今では、同志社高校出身で夫の正法(まさのり)さん(71)と一緒にチームの遠征にも顔を出す。「生きてるうちに、うちの子たちは甲子園に行けるかしら。行ってほしいなあ」(本多由佳)