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出場100回の皆勤15校「誇り」 高校野球の地方大会

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2018年7月11日12時49分

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 夏の高校野球で1915年の第1回大会から一度も欠場することなく地方大会に出場している「皆勤校」が全国に15校ある。11日午後の京都大会で、伝説の投手といわれる沢村栄治の母校、京都学園(旧京都商)と初戦を戦う1892年創部の同志社(旧同志社中)もその一つ。第5回(1919年)と第10回(24年)大会では全国大会に進んだ古豪で、節目の大会での甲子園出場を目指している。

 阪神甲子園球場で8月5日に予定される全国大会の開会式では、第100回の記念で皆勤校15校の主将が入場行進に参加する。遊撃手の藤原朋生(ともき)主将(3年)は突然監督に呼ばれ、それを知らされた。仲間に言うと、「1人で勝手に行くな」と冷やかされた。「せっかく行くならみんなで行こうや。京都大会を勝ち抜こう」と盛り上がった。

 甲子園は野球を始めた小学校のときからの憧れの地。「皆勤の歴史をつくってくれた先輩たちの思いも背負い、100回大会での甲子園を目指す」

 東兵庫大会に出る神戸高校(旧神戸一中)は、15日に初戦の甲南(兵庫県芦屋市)戦に臨む。西日本豪雨の影響で同大会の開幕は12日にずれ込んだが、同校OBでもある鍋野義人監督(52)のもと、念願の夏の甲子園に向けて闘志を燃やす。

 創部は1896年で夏4回、春3回出場。第5回大会(19年)には全国優勝も果たした。その際、優勝旗を掲げた場内一周を「見せ物になりたくない」と断った逸話が、「硬派」のイメージを形作った。ただ、全国大会は第29回大会(47年)が最後で新制高校になってからは出ていない。

 鍋野監督は現役時代は兵庫大会で3回連続の初戦負けを喫し、「母校を強くしたい」という思いとともに2012年に赴任した。「100回という節目を監督として迎えることができ、光栄です。今後も出場を重ね、先輩方が作った伝統を後世につないでいく」と決意を語る。

 鍋野監督は兵庫県高野連が主催する子ども向けの野球教室にも参加している。「今後も大会が継続していくよう、野球の普及を手助けしたい」と話した。

 片岡太志主将(3年)は「長い歴史を持つ大会に、一度も欠かさず出場したというのはすごいこと。誇らしく思います」と語る。

 「僕らにとっては100分の1ではなく、一生に一度の夏。気合も高まっています。『皆勤』の誇りとともに、これまでの努力の成果を出し切りたい」

 西愛知大会の15日予定の2回戦で一宮商(一宮市)との対戦に臨む旭丘(あさひがおか)(旧愛知一中)は、夏8回、春4回の全国大会出場を誇る。1917年夏の第3回大会では全国制覇も果たした。

 夏は1929年以来遠ざかっているが、現チームはエース小松健太郎君(3年)を軸に守備が安定し、昨秋の県大会で16強入り。今大会も1日の1回戦で稲沢東(稲沢市)に8―4で勝利し、勢いに乗っている。OBらも節目の年の「古豪復活」に期待を寄せる。

 横じまが入った帽子や、「旭高」の文字を名古屋のシンボルである一対のシャチホコが囲むユニホームは、1893年の創部以来、ほぼデザインが変わらない。岩下舜典(しゅんすけ)主将(3年)は「このユニホームを着ると先輩たちの誇りを感じる。今年は近年に比べて力があり、OBからの期待も大きい。伝統に恥じない野球をして勝ち進みたい」と意気込んでいる。(本多由佳、山崎毅朗、竹井周平)