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高校野球は爽やかな地獄(せいしゅん) バカリズムさん

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2018年6月13日16時01分

【動画】高校野球の思い出を語るバカリズムさん=遠藤隆史撮影

 お笑い芸人として活躍するバカリズムさん(42)は高校時代は野球部に所属。厳しい練習を乗り越え、実力勝負のお笑いの世界を生き抜く力が培われたという。

 中学校で先輩に誘われて野球部に入りました。でもずっと補欠だったんで高校で続ける気はなかったんですよ。中学からの友達が野球部に入ったんで、じゃあ入ろっかな、くらいの感じでした。

 母校の飯塚(福岡)の野球部の練習は厳しかった。背が小さくて足も遅いし下手だったから、楽しくなかった。それでもやめなかったのは、「やめたらかっこ悪い」っていう意地だけです。当時から、とにかく頑固で負けず嫌いだったんで。

 でも、2年の夏の前に足を複雑骨折して。記録員とかの裏方に回るように言われ、「このままだと選手として試合に出られなくなる」と思った。それだけは絶対に嫌で、とにかく筋力トレーニングをしていたら、復帰する秋ごろにはチームで一番パワーがついていた。打球の飛距離が伸びて代打で使われるようになって。「俺って才能あるかも」って少しずつ楽しくなった。

 3年の夏、1993年の第75回大会の福岡大会では背番号16でしたけど、初戦の2回戦でスタメンで出てヒットを打った。次の試合でも。ラッキーボーイ的な存在になって、結局5回戦で負けるまでスタメンでした。

 甲子園出場は目標というより、「絶対に出るもんだ」と思ってました。同じ福岡出身で同学年の柔道のヤワラちゃん(谷亮子さん)が高2で92年のバルセロナ五輪に出て銀メダルを取った。それを見て「俺も注目されたい」と思い、だったら野球で全国制覇しないといけないなって。チームメートは16強進出とか目標にしてましたけど、僕は帽子のつばの裏に「全国制覇」って書いてました。

 いつ注目されてもいいように自宅で素振りするときも、打席でいかに目立つ動きをするかを研究して。当時、ヤクルトの池山隆寛選手(52)のフォームが好きで、マネしてましたね。

 ちょっとイタいけど、「自分は特別な人間だ」って思っちゃうというか。高校時代に「お笑い芸人になる」って言ったときも、周りは「無理でしょ」って感じだったけど、僕は全くそう思わなかった。野球部でも、僕がスタメンになるなんて誰も思ってなかったのに、そうなった。そういう自信、負けを認めない根性はあの頃に磨いたのかもしれないですね。

 母校が2008年と12年に夏の甲子園に出たときは、結果が気になりました。仕事の合間にケータイで確認して、「あぁ、頑張ってるな」って。今でもシップのにおいをかいだ時とか高校時代を思い出します。

 僕にとって高校野球は「地獄」でした。でも地獄と書いて、読みは「せいしゅん」。チームメートと過ごした時間はやっぱり青春だった。だから、爽やかな地獄ですね。もう1回やるかと言われたら、やりたくないですけど。(聞き手・遠藤隆史)

     ◇

 ばかりずむ 1975年生まれ。福岡県田川市出身。本名・升野英知(ひでとも)。飯塚高で福岡大会16強。日本映画学校(現・日本映画大学)在学中の95年にお笑いコンビ「バカリズム」を結成、2005年から1人で活動。ドラマの脚本や俳優でも活躍中。