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香川)1981年夏の志度商を振り返る 高校野球

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2018年6月14日03時00分

 1981年夏の全国高校野球選手権大会に出た志度商(現・志度)は「1勝しよう」と臨んだ。34年ぶり2回目の出場。前年まで5年連続で初戦敗退の高松商を強く意識していた。

 開幕日に高岡第一(富山)を破って、香川勢で8年ぶりに勝利。勢いに乗り、3回戦は優勝候補の秋田経大付(現・明桜)に2―1でサヨナラ勝ちしてベスト8に。準々決勝は、左腕・工藤公康(現ソフトバンク監督)を擁する名古屋電気(愛知、現・愛工大名電)と対戦した。

 工藤は、初戦でノーヒットノーランを達成し、2試合で計37奪三振。志度商は2安打、12奪三振で完封されて3―0で敗れた。

 打者29人。3番打者の原田三郎(53)は3打数2三振だった。「野球人生で見た一番すごいカーブ。曲がりが異常だった」。ボールが向かってきて打席でしゃがんだら、ストライクで見逃し三振。現在の新日鉄住金広畑でプレーし、監督も務めた原田は「センターフライを打ったのが自慢」と笑う。

 主将でエース、4番の白井宏範(54)は先頭の二回、中前にチーム初安打を放った。監督の神前利孝(73)は、完全試合とノーヒットノーランを免れ、胸をなで下ろした。

 一方で、白井は工藤に甲子園初安打となる本塁打を打たれた。真ん中付近の直球を右翼に運ばれた。工藤は当時、「志度商はカーブにタイミングが合っていなかったので、打たれる気がしなかった。本塁打の1点で勝ったと思った。出来は80点ぐらい」とコメントを残している。

 ベスト8に左腕のエースは工藤だけ。神前は「工藤に当たらなかったら、もっと勝てた」。1点ずつ取って先行し、白井を中心に2、3失点に抑えて勝利するスタイル。1~3回戦はコツコツと10安打以上を放ち、競り勝っていた。

 「工藤でなければ点が取れた」という思いは、白井と原田にも共通する。名古屋電気は、準決勝で金村義明(元近鉄など)を擁する報徳学園(兵庫)に敗れ、報徳が優勝した。

     ◇

 白井は、香川大会から9試合を一人で投げ抜いた。「最後まで疲れとかへばったとかはなかった」。土台は走り込み。旧詫間町の出身で、学校と約5キロ離れた下宿先から走って往復し、練習でダッシュを繰り返したり、石段をへとへとになるまで走ったりした。

 進学した駒大でも主将を務め、NTT四国で野球を続けた。現在は野球を離れ、NTTドコモに移って高知で勤務。甲子園を「努力が報われて、いい思い出。頑張っていればいいことがある」と振り返る。

 工藤とは、プロ野球・西武に入った駒大の後輩の結婚式で対面。対戦した思い出に触れ、近況を伝えた。プロ29年間で通算224勝を挙げ、今もソフトバンクを率いる工藤を「長くがんばってほしい」と応援している。=敬称略(三島庸孝)