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GLIM SPANKY、高校野球の思い出を語った

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2018年7月11日15時52分

 8日に開幕した第100回全国高校野球選手権記念長野大会。大きな節目を迎え、ひときわ輝く晴れ舞台だ。懸命に白球を追う高校球児たちに、高校でバンドを結成し、今年ついに初の日本武道館ライブを実現した長野県出身のロックユニット「GLIM SPANKY」の松尾レミさん(26)と亀本寛貴さん(27)がエールを送った。

 ――亀本さんは小学生の3年間、野球をやっていたそうですね。

 亀本 僕の小学校は学年で男子が20人くらいいて、4年生で半分が野球クラブに入ったんです。僕は飯田市内のサッカー教室に通っていましたが、同じ学校の子が僕1人なのが寂しくて、「僕も野球やる!」と親に言って始めました。ポジションは一塁手や右翼手。守備は得意じゃないけど、打つ方で頑張りました。

 ――高校野球の思い出はありますか。

 亀本 夏の甲子園はテレビで見ますし、野球部の練習や試合を見るのも好きでした。野球って、日本ではスポーツの中でも存在感が違うじゃないですか。伝統と歴史がある。外国から入った文化だけど、こんなに国内に浸透しているのはすごいと思います。

 松尾 高校3年生の時に生徒会副会長だったので、夏の大会は応援に行きました。私たちが通った松川高校には野球部だけの専用グラウンドがあって、すごく特別なんだなと思いました。練習する野球部員の声が校舎の外から聞こえる美術室で、美術系の大学に入るためにデッサンを練習した思い出があります。

 ――GLIM SPANKYは、同じ高校のメンバーで結成したんですよね。

 松尾 最初は文化祭に出るためにメンバーを集めました。文化祭後にカメ(亀本)が入ってから、オリジナル曲を作り始めました。

 亀本 飯田市内にある閉店したカラオケボックスのオーナーさんが、ミュージシャンに練習スタジオとして格安で部屋を貸し出していたんです。

 松尾 学校が終わったらすぐにスタジオに行って、夜遅くまで練習。メンバーが家族みたいでした。私が作った曲を弾き語りでメンバーに聴かせて、各自が自分のパートのフレーズを作りました。夜は親が迎えに来てくれました。

 ――松尾さんが高校3年だった2009年夏、全国5500組の中から予選を勝ち抜き、東京のイベント「閃光(せんこう)ライオット」で約1万人を前に演奏しましたね。球児にとっての甲子園のような舞台での演奏はいかがでしたか?

 松尾 緊張しすぎて、「お客さんはお芋」とずっと思っていました。山が遠くに見えたので、「お芋たち」と山を見て、心を落ち着かせていました(笑)。

 亀本 強い日差しの下で、体にすり込むほど練習した曲を、ただひたすらやるだけでした。頭が真っ白になっても勝手に指が動くくらい練習してきたので。

 ――今年はついに日本武道館公演も実現しました。大舞台で、どんなお気持ちでしたか。

 松尾 歌いながら、「これ(音楽)をずっとやれていて幸せだな」と思いました。高校の時から本当に音楽が好きで、音楽への愛が膨らむ一方のままやれていることへの思いが、身にしみました。

 ――この夏、甲子園という夢の舞台をめざす球児たちにメッセージをお願いします。

 松尾 一つのものに打ち込むことがいかに難しく苦しいことなのかは、ずっと音楽をやってきた私たちもわかります。そういうつらさがあるからこそ、試合に勝った時の喜びが大きいと思います。同じ長野県民として心から応援しているし、見ている人を熱い気持ちにさせてほしいです。

 亀本 長野県の高校でバンドを結成して、こうして今まで活動している僕らの存在や曲が、「こういう風に生きてるヤツらもいるんだ」と球児の皆さんの刺激になれたらうれしいです。勝利を目指して頑張ってほしいです。(大野択生)

 グリム・スパンキー ボーカル松尾レミ(長野県豊丘村出身)とギター亀本寛貴(同県飯田市出身)の2人組。1960~70年代のロックやブルースを土台にした音楽で、幅広い世代の支持を集める。松川高校在学中の2007年に結成し、14年メジャーデビュー。今年5月、初の日本武道館公演。昨年発売のミニアルバム収録の楽曲「Freeder」は、長野大会を中継する長野朝日放送の番組テーマソング。