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PLとの延長17回は特別、今も生きる支えに 松坂大輔

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2018年5月28日11時58分

【動画】高校時代について語る松坂大輔投手

 あの夏があるから今を築けた。日米通算166勝を誇り、プロ野球・中日で活躍する松坂大輔投手(37)にとって、高校野球はかけがえのない時間だった。

     ◇

 「平成の怪物」って付いているのは僕だけですか? すごく光栄ですよね。その前の「昭和の怪物」が江川卓(すぐる)さん(63)=作新学院(栃木)=ですから。

 〈松坂大輔投手は早稲田実(東東京)の1年生エース、荒木大輔投手(54)が夏の甲子園を沸かせた1980(昭和55)年生まれ。横浜(東神奈川)で98(平成10)年夏の第80回記念大会で春夏連覇を達成し、「平成の怪物」と言われた。〉

 甲子園は小学校低学年のころに、親とテレビで見たのが初めてです。整列しているY校(横浜商=86、87年に神奈川代表)のユニホームが記憶に残っています。

 高校野球は選手として、人として、大きく成長させてもらった場所です。

 すごく走らされたのを覚えています。あれでたくさん練習ができる土台をつくってもらえた。甲子園での連投をイメージして、毎日めちゃくちゃ走って、投げて。春も夏も1人で投げ抜くと。誰かに任せる意識は一切なかった。そのためにはこれぐらいの練習が必要だと思っていましたし、今でも間違っていたとは一切思っていません。

 〈仲間にも恵まれた。控えや、観客席から応援してくれた当時のチームメートたちとは今も交流が続く。〉

 渡辺元智(もとのり)監督(73)からはよく、「レギュラーだけで勝てると思うな」と言われました。グラウンドを整備してくれる仲間、用具を出してくれる仲間がいるのを忘れるなと。食事は、裏方のメンバーと一緒に食べることが多かった気がします。

 〈今年で38歳。同学年からは藤川球児(阪神)、和田毅(ソフトバンク)、杉内俊哉(巨人)、村田修一(前巨人)らプロ選手が輩出し、「松坂世代」と呼ばれる。〉

 甲子園に出るつもりの高校は「打倒松坂」を意識して速いボールを打ってきたと記者さんたちから聞いていました。素直にうれしかったし、「周りの予想を上回ってやる」と思いながら投げていましたね。

 (松坂世代という呼び方は)一緒にされて嫌な人もいるだろうと考えたので、最初は嫌でした。でも、最近は、お父さん、お母さんになった同世代から「僕も松坂世代、わたしも松坂世代です。あいさつのときに必ず使わせてもらっています。まだまだ頑張ってください」と言われます。また頑張ろうと、改めて思わせてもらっています。

 〈甲子園では今年、延長十三回から得点を入りやすくする新制度「タイブレーク」が導入された。松坂投手自身は第80回大会の準々決勝のPL学園(南大阪)戦で延長17回250球を投げ抜いた。〉

 選手の体を守るという意味ではいいこと。ルールが変わって賛否ありますけど、変わったら変わったで、新しいドラマが生まれると思います。

 PL学園との試合は、他とは比べられない特別な試合です。よく自分が何球投げたかをクローズアップされますけど、あの試合は一番チームに、特に気持ちの面で支えられました。

 試合に関わっていない人からさえ、「あの試合があるから自分たちは頑張れる」って言ってもらえます。それはすごくうれしい。あの試合があったからこそ、それまでにあった出来事やみんなを思い出す。生きていく上で支えになっていて、「人の役に立てている」気持ちにもなれます。高校野球には、そういう力があると思います。(聞き手・遠田寛生)

     ◇

 まつざか・だいすけ 1980年生まれ、東京都出身。横浜高で98年夏の甲子園決勝でノーヒットノーランを達成し春夏連覇。99年ドラフト1位で西武に入団して新人王、2001年に沢村賞。06年オフに大リーグに移籍。07年はレッドソックスで15勝、ワールドシリーズ制覇にも貢献。ソフトバンクをへて、プロ20年目の今季、中日に入団。日米通算166勝106敗2セーブ(日本通算110勝63敗1セーブ、大リーグ通算56勝43敗1セーブ)。