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兵庫)滝川野球部100周年 ライバル育英と親善試合

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2018年5月22日03時00分

 私立の名門・滝川高(神戸市須磨区)と滝川第二高(同市西区)の野球部が20日、旧制滝川中学校野球部の創部100周年を記念し、両校と縁の深い育英高(同市長田区)を招いて滝川第二グラウンドで親善試合を開いた。野球部関係者は部の歩みを振り返りつつ、「次の100年」に向けての思いを新たにした。

 旧制滝川中は1918(大正7)年に産声を上げ、野球部も同じ年に誕生した。創部して初の公式戦で対戦したのが同じく私立の育英商(現・育英高)。滝川中から徒歩10分ほどの場所に3年早く開校していた育英商はすでに実力校で、野球部は0―18の五回コールド負けを喫した。「強豪・育英に勝てる野球部を」との思いが滝川野球部の出発点となり、以後、両校は伝統のライバルとして長く競い合った。

 36年には、春の選抜中等学校野球大会に初出場。41年の選抜大会では、エース別所昭(のち毅彦)が試合中に骨折しながらも投球を続け、「泣くな別所、選抜の花」と報じられた。滝川の甲子園出場は春12回、夏7回。スポーツ強化を掲げて84年に開校した兄弟校・滝川第二の出場回数も春3回、夏4回に及んでいる。滝川は、滝川第二開校に合わせる形でいったん野球部を閉じたが、その後、野球を愛する生徒が再び集まり、野球部が復活した。

 20日はOBを含む野球部関係者が多数参加。59年夏に甲子園出場を果たした際の滝川主将だった近久紘一郎さん(77)は、県大会決勝で育英と対戦した思い出を語り、「小学校の同級生が育英のエースだった。敵同士でもあったが、友だちだと思っていた」と語る。

 滝川を卒業し、のちに滝川・滝川第二で野球部長・監督を務めた亘栄一郎さん(65)は、「後輩たちに託す夢は、私たちが実現できなかった『全国制覇』。ぜひ一度、その歓喜を味わいたい」と期待を寄せた。

 滝川第二の山本真史監督(59)は、「100年前にも部員たちがこうして野球をやっていたなんて、想像もできないこと。先輩がたが受け継いできたものを、私たちも大事にしていくしかない」と語った。「時代の変化はあるが、『滝川野球』は変わらないと思う。私のいた40年以上前、すでに部員に水分補給を許すなど、合理的で先進的なセンスがあるチームだ」

 育英の安田聖寛監督(42)は「育英にとって、『滝川』はよいライバルであり隣人。いい雰囲気で試合ができる。今後もそうであり続けたい」と話した。

 記念試合は2試合あり、第1試合では滝川が育英と対戦、7―6でサヨナラ勝ちした。第2試合は、滝川第二がメンバーの一部を入れ替えた育英と戦い、11―8で制した。(飯島啓史)