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あの一打でプロへの道が G中井が振り返る甲子園の激闘

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2018年4月18日14時06分

 3時間5分に及んだ延長十五回の激闘が引き分けで終わったのは、午後6時ちょうどだった。宇治山田商(三重県伊勢市)の選手のユニホームは黒く汚れ、夕日が差し込んだ甲子園には、銀傘の影が落ち切っていた。

 2007年8月14日、佐賀北と戦った第89回全国高校野球選手権2回戦は、高校野球ではかなりの長時間だった。でも、エース中井大介(28)の実感は違う。「あっという間に終わった。集中し切っていた糸が、そこでパンと切れた」

 取材対応を終え、ストレッチを始めた時には体中がつっていた。腰を左右にひねってもおさまらなかった。

 「こんなにぎりぎりのところで戦っていたんだ」

■優勝投手との投げ合い

 3年生の夏。投打で注目された中井も三重大会は不調で、佐賀北戦の先発は2年生の平生拓也に譲った。

 外野に入った中井は、まずバットで貢献した。0―2の五回2死満塁、逆方向の右翼線に走者一掃の三塁打を放ち逆転した。4―3となった七回、初めて甲子園のマウンドに立った。

 立ち上がりで同点とされるが、140キロ超の直球が低めに決まり、八回からは得点を許さなかった。六回から登板した佐賀北のエース久保貴大も、球速で劣りながら、外角いっぱいに直球と変化球をちりばめた。

 この大会の優勝投手となる久保との投げ合いで、中井は自分を取り戻した。「得点できない以上取られるわけにはいかない。相手がテンポ良くアウトを取っていたので、何とか抑えなきゃと」。「剛」の中井と「柔」の久保。両右腕の投げ合いは延長でも続いた。

 中井の真骨頂は延長十三回だった。3四死球を与えて1死満塁。球数は100を超え、直球の球速も130キロ前後に落ちていた。

 「急にストライクが入らなくなった。せっかくの良い投げ合いを自分で崩してしまった」。ここでギアが再び入った。次打者を浅い右飛に仕留め、佐賀北の5番大串亮平を迎えた。

 初球以外は直球勝負。1―2と追い込んで4球目。右腕を振り抜いた。高めの速球で空振り三振。球速は141キロを記録した。「球速以上の気持ちが出ていた」。2万7千人の観衆からはこの日一番の歓声が上がった。

 4―4。熱戦は夏の大会史上5回目の引き分け再試合となった。その立役者が両エースだった。

■プロ1号本塁打は準優勝投手から

 力投の代償は大きかった。中井は2日後の再試合で先発したが、疲れで球が走らない。「試合前のブルペンから厳しいと分かった」。被安打8で4失点と崩れ、1―9で敗れた。悔しさはあったが甲子園で24イニングを経験し、帰路のバスで思った。「こんなにも試合ができてよかった」

 勢いづいた佐賀北は、頂点に駆け上がった。「戦った学校が優勝したのは、すごいことだと感じました」

 中井は大会後、巨人から高校生ドラフト3巡目で野手として指名された。佐賀北戦での逆転適時打がプロへの道を切り開いた、と思っている。「逆方向への当たりを巨人のスカウトが、すごく評価してくれた。打撃に伸びしろを感じた」

 中井は2年目以降、1軍戦に毎年出場を続ける。昨季はキャリア最高の90試合に出た。今季も4月13日の広島戦で、この大会の準優勝投手だった野村祐輔から第1号本塁打を放った。

 佐賀北戦から11年。中井は両校の選手でただ1人のプロ野球選手だ。あの夏、久保との投げ合いや佐賀北の優勝が胸に響いたように、今度は自身がバットで心を打つ番だ。

 「僕が活躍することで、佐賀北の選手から『中井と試合をした』と話題にしてもらいたい。プロ野球を続けている以上は、そういうチャンスがある」

 中井の「延長戦」は、プロへと舞台を変え、今も続いている。=敬称略(田中翔人)

 ■2007年 第89回大会2回戦 宇治山田商4-4佐賀北

 宇治山田商は初戦で、開幕試合を制した佐賀北と対戦。先発の平生拓也が初回に2点を失うが、五回に中井大介の適時三塁打で逆転。続く西田拓郎の適時打で4―2とした。六、七回に失点して追いつかれるが、救援した中井が計9イニングで好投し、延長十五回引き分けとなった。

 2日後の再試合は、1―1で迎えた六回、先発の中井が3失点。七回に救援した平生も崩れて大敗した。