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山のようなファンレター 重みにも、プロで頑張る力にも

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2017年3月14日09時34分

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 1969年夏、決勝。三沢(青森)のエース太田幸司さん(65)はマウンドで躍動した。名門・松山商(愛媛)を相手に延長18回を投げきって引き分け。翌日の再試合も完投したが、力尽きた。端正なマスクで、懸命に右腕をしならせた甲子園の「元祖 アイドル」。最後に敗れた姿は、女性ファンの心をさらに釘付けにした。

 「大会中、さほど注目されてた実感はなかったんです」。いま、太田さんは苦笑する。基本的に宿舎と甲子園の往復だけ。勝ち進むにつれて、宝塚市内の宿舎で仲間と「監禁状態」にされていたからだ。「テレビや新聞も見なかったので、わからなかった」

 大会直後は代表メンバーとしてブラジルに遠征。人気を感じたのは、戻ってきた9月以降のことだ。ファンレターが毎日山のように学校や自宅へ届いた。年賀状は段ボールで5、6箱分。「『青森県 太田幸司さま』で届いた」

 アイドルの重みを痛感したのは、ドラフト1位で近鉄に入団してからだ。実績もないのにオールスターファン投票で、1年目から1位。「新聞で中間発表を見るのが苦痛だった」。精神的に参って制球がままならない「イップス」に。2年間でわずか1勝。3年目の72年に一念発起し、横に曲がるスライダーとシュートを覚えた。同年夏のオールスターではこの変化球二つで巨人の王貞治、長嶋茂雄をピンチで打ち取った。プロでやれる自信がついた。

 プロ15年間で58勝85敗4セーブ。「やりきった。今思えばあれだけ注目されたことが、プロで頑張る力になった」と言える。

 東邦(愛知)の1年生エースで「バンビ」と呼ばれた坂本佳一。「大ちゃんフィーバー」を巻き起こした早稲田実(東京)の荒木大輔。最後に敗れるのがアイドルの系譜だったが、2006年の斎藤佑樹(早稲田実→早大→日本ハム)は全国制覇を遂げた。プロで苦しむ斎藤を太田さんは自らと重ね合わせる。「彼は注目される中、早大でも実績を残してプロ入りした。それだけでも、すごいこと」

 太田さんと高校野球との結び付きは続いている。2人の息子はいずれも球児。長男は13年夏に福知山成美(京都)の主将で甲子園に出た。次男はいま高1で、来夏の100回大会は最上級生になる。太田さんは高2で50回大会に出場している。「50回、100回の節目に親子で出られればね。そんなことを考えるのが、楽しい」(有田憲一)