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1勝につながる「必要な」サヨナラ負け 読者投稿から

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2016年10月25日07時04分

 (サヨナラ試合) 

 山同建(横浜市 49歳)

 弱小校には弱小なりの夢もドラマもあります。今から32年前。にきび面の高2の夏。とにかく暑く熱かった。初勝利が逃げていくシーンをマスク越しに見送ったあの夏。ホントに暑かった。

 私が入ったサレジオ学院は当時、創部から夏は8年連続で初戦負けの、県内では恥ずかしい存在でした。遠征バッグに校名を入れるのもためらっていましたし、平均身長は170センチ以下、半数以上が中学で野球未経験。練習は週6日やっていましたが、今思えば何が正解なのかも分からないまま練習していました。ただ、夏1勝というスローガンだけは熱く持っていました。

 1年生の夏は六回コールド負けで9連敗となりました。2年生の夏は前年エースだった3年生が140キロ近くを投げる本格派に成長。「今年こそは勝てる……かも(笑)」という周囲の期待が膨らむ中、1点を争う接戦となりました。私は二塁打を含む3安打と4番の仕事はしましたが、捕手としては三塁への悪送球で1点を与えてしまうなど、エースの力を引き出せません。そして延長十回2死満塁。その瞬間がやってきます。投手の直球にキレがなくなってきたこともあり、3球続けてカーブを要求してしまった私。打球は無情にも二遊間を抜けていきました。サヨナラ負け。ついに10連敗。「1勝」を過剰に意識し、重圧に負けた試合でした。

 しかし、それは「1勝」につながる「必要な」サヨナラ負けでした。チームは2年生主体だったので、この苦い経験がしっかり生き、私は投手として翌年の初勝利につながりました。もう甲子園を決めたかのような騒ぎでした。たかが1勝ですが、OBの方々は今でも、あれはうれしかったといって下さいます。