朝日新聞デジタル

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2013年7月11日18時22分
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〈フィールドオブ共存〉宮城 元気の源、校歌よ響け

写真:志津川の佐々木拓真主将。後ろはグラウンドにできた仮設住宅=南三陸町拡大志津川の佐々木拓真主将。後ろはグラウンドにできた仮設住宅=南三陸町

■ライト側に仮設住宅、打撃練習は制約

 志津川のグラウンドでは、ほかの学校が普通に行う練習ができない。

 できるのは走塁やバント、内野ノック。ガンガンと打球を飛ばすようなことはできない。グラウンドが狭いからだ。センターに打つと校舎を直撃してしまうし、ライト側にはほかの部の部員たちがいる。

 「特にライト側には絶対に大きなファウルを打てません。仮設住宅の皆さんがいますから」。佐々木拓真主将(3年)は言う。

     ◇

 東日本大震災の後、元のグラウンドのダイヤモンドから左翼の部分にかけて、58戸の仮設住宅ができた。グラウンドは4分の1ほどの広さになってしまった。

 しかし当然、グラウンドはほかの部も使う。マウンドはつくれないし、ベースも練習が終わったら取り払う。「置かれている状況はほかの部も一緒。助け合わないと」。佐々木君は話す。

 野球部の部員は22人と少ないが、グラウンドでは一斉に練習できない。二つか三つの班に分かれ、グラウンドと室内練習場、そして6月に車10台弱が止められる駐車場に土を敷いて造った、小さな小さなグラウンドで練習する。

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