朝日新聞デジタル

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2013年7月3日19時28分
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〈0人野球:1〉青森 ボール追う姿いま一度

写真:グラウンドわきのロッカーで、ほこりをかぶったヘルメットを眺める泉谷優斗さん。奥は、父親の敏文さん=今別町今別拡大グラウンドわきのロッカーで、ほこりをかぶったヘルメットを眺める泉谷優斗さん。奥は、父親の敏文さん=今別町今別

写真:グラウンド脇のロッカーに並べられた歴代の「今別ナイン」を見つめる泉谷敏文さん(手前)と長男の優斗さん=今別町今別拡大グラウンド脇のロッカーに並べられた歴代の「今別ナイン」を見つめる泉谷敏文さん(手前)と長男の優斗さん=今別町今別

図:県内の高校球児数拡大県内の高校球児数

■出場を断念した青森北今別

 「何でこんなことになっちゃったんだろうね……」

 青森大会に出場しないと聞き、約3年ぶりに踏み入れた親子3人が巣立った青森北今別のグラウンド。フェンス越しに眺めながら、父で郵便局員の泉谷敏文さん(49)=今別町=は、ぽつりとつぶやいた。

 両翼を覆うネットはあちこちが破れ、力なく垂れていた。ロッカーに並べられた紺色のヘルメットはどれもほこりをかぶっていた。

 「マウンドが低くなっている」。青森大学4年生の一人息子、優斗さん(22)が言った。

 昔のように、投手板に足を合わせ、投球するしぐさを繰り返す。「こんなにいい練習場があるのに、もったいない」。独りごちた。

     ◇

 1975年創部の今別は2007年、校名が青森北今別に変わった。昨年は助っ人3人を含む10人で出場したが、夏が終わると1、2年生が次々に辞め、今年、部員が0人になった。

 青森大会に出場できないのは、17年ぶり。今別中に野球部はあるが、青森市など町外へ進学する子が多い。人口減が進み、10年前に約150人の全校生徒は59人になった。活動している運動部は、個人でも試合に出られるフェンシング部とバドミントン部のみだ。

 優斗さんは、今別小、今別中時代から投手として活躍。高校進学の際、町外の強豪5〜6校から誘いを受けたが断った。「小中ずっとやってきた仲間と一緒に、今別を強くしたかった」

 入学した07年、コールド負けは当たり前だった。「試合前、相手チームは走っているのかどうかも分からないようなアップをして、なめていると感じることも多かった」

 グラウンドのフェンス際に立つポール間の走り込みを繰り返した。最速は143キロになった。08年夏の2回戦、甲子園出場の経験もある東奥義塾を3―0で破った。優斗さんは被安打2で完封勝ちを収めた。

 母、一美子(ひみこ)さん(49)は今でも勝利の瞬間を忘れない。初めて野球で涙した。「後ろを振り向くと、町から応援に駆けつけたみんなが泣いていました」

 敏文さんにとって東奥義塾は、特別な相手だった。中心打者だった1981年の夏、今も最高成績として残る8強入りした際、準々決勝で0―24で敗れた相手だからだ。息子らによる雪辱を目の当たりにして、「勝っちゃったよ」とだけつぶやき、しばらくぼうぜんとしていた。

     ◇  

 部員数は、敏文さんが球児だった頃から約20人と多くはなかった。強くなるために欠かせなかったのが地域の支えだった。夕方には近隣住民が練習を見に来るのが常だった。夏の青森大会になると、スタンドで地元の漁船の大漁旗がはためいていたこともあった。

 敏文さん自身も、優斗さんの現役時代、必死にチームを支えた。高所作業車を借り、破れていたグラウンドのネットを張り替えた。夏の試合になれば、普段はあまり見かけない地元の人とスタンドで顔を合わせることもしばしばだった。

 優斗さんは最後の夏、弘前実にコールド負けして終わった。だが「今別球児」として過ごした3年間に悔いはない。「仲間と力を合わせれば、勝てることを学んだ」。大学では、準硬式野球部主将としてチームをまとめ、東北リーグで3回最優秀投手に選ばれた。

 最近、帰省した今別中野球部時代の同級生が、青森市の高校を選んだことについてこう話したことが強く印象に残る。「おれもあのとき、みんなと一緒にやればよかった。この後悔は、一生続く」

 今までとは違う夏を迎える今別のまち。「町内に新幹線の駅ができるなら、北海道から来たっていい。何とかもう一度、今別野球部を復活させたい」。敏文さんの声は、少し震えていた。

■球児数2000人を下回る

 今年の青森大会の出場校は前回より5校減った。うち3校は校舎(分校)で、青森北今別と青森東平内は部員不足、田名部大畑は廃部によるものだ。尾上総合は全日制が廃止、青森戸山は閉校になったためだ。67の出場校は17年ぶりの少なさで、朝日新聞の集計によると、今年度の県内の高校球児数は、2001年以降で初めて2千人を下回った=グラフ。

 少子化や人気スポーツの多様化など大きなうねりの中で、泉谷さん親子は、高校3年間を捧げた「青春のふるさと」を失いつつある。県内の多くの野球部が、部員数を減らす一方で、中には増えたチームもある。その違いは何か。練習内容やポジション配置など、「人数」が決める部のあり方と、「人数」に順応し、時にあらがう各チームの取り組みを探り、高校野球の様々な形を見つめる。(この連載は上月英興が担当します)

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