朝日新聞デジタル

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2013年6月23日17時59分
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〈ふるさとはなれて:1〉宮崎 兄の背追い妹も強豪校に

写真:南(右)と翼=宮崎市広原拡大南(右)と翼=宮崎市広原

■日章学園の冨安南選手(2年)

 「低めに行け!」「ちゃんと初球考えろ!」。マウンドに立つ日章学園のエース冨安翼(3年)に、ベンチから少し高い声が飛ぶ。声の主は翼の妹、南(2年)だ。スコアを付けて的確な指示を出す南はマネジャーではなく、「来年のキャプテン候補」(畑尾大輔監督)のプレーヤーだ。

 南は小4のとき、福岡県久留米市で野球を始めた。同じチームには一つ上に翼がいた。翼は今もバッテリーを組む橋本有紀(3年)と九州大会で優勝するなど、当時から実力を見せていた。

 南も6年生のときにはファーストのレギュラーとして公式戦に出場。当時は同級生の誰よりも体が大きく、6番打者としてタイムリーヒットを打つこともあった。中学校では父親が監督を務めるチームで兄の背中を追って野球を続けた。

 翼は高校で宮崎県の強豪、日章学園に進学。畑尾監督が父の日体大時代の先輩で、幼い頃から慣れ親しんだ学校だった。1年生の夏の選手権県大会2回戦でいきなり先発。打者としても同点打を放つ活躍を見せた。

 当時中3の南は、母の真奈未(39)とその試合を見に来た。「遥(はる)かかなたの存在の選手ばかり」。そう感じながらも、この学校なら本気で甲子園に行けると思った。

 「本当に来ると?まじきついよ」。翼は妹の決断に戸惑い、電話で言った。強豪校の練習は厳しく、兄妹の気恥ずかしさもあった。

 それでも南は、学力も求められるコースを目指し、受験勉強に打ち込んだ。入試に合格した頃には、翼も「いつから来ると?」と楽しみになっていた。その春から学校近くのアパートで、真奈未との3人暮らしが始まった。

     ◇

 南は入学当初、マネジャーになることを考えていたが、畑尾監督に勧められ、選手としてプレーしている。こなすメニューは男子部員と全く同じで、打撃練習で思い切りの良いスイングを見せ、ノックでファーストの守備に入り、5キロの長距離走でも最下位になることはない。

 「練習のダッシュで誰よりも大きな声を出したり、一人一人にアドバイスしたり、チームにとって必要な存在」。同じ2年のマネジャー・田中輝美は言う。

 兄妹は、休みの日も試合のビデオとスコアを付き合わせて互いの弱点を分析する。二人三脚で野球漬けの生活だ。翼が2年生の夏に登板して負けた試合の後には、「信じられない」「3年生を終わらせたんだよ」と厳しい言葉をかけた。「兄貴に全てをかけている」と畑尾監督。

 「周りからは仲が良いって言われるけれど、グラウンドでは一人の先輩として尊敬している。自分は試合には出られないけど、兄はチームを引っ張らなきゃいけない存在だから」と南は言う。

 夏の大会は規定で女子の選手登録ができないため、南は記録員としてベンチに入ることになる。「翼と一緒にプレーでき、ここに来てよかった。一緒に野球をするのはたぶんこの夏が最後。だから必ず甲子園に行きたい」(敬称略)

     ◇

 いろいろな理由で故郷を離れて野球に打ち込む球児たちがいる。憧れの存在、将来の夢、仲間の存在……。それぞれの思いを胸に、夏の大会に臨む姿を追った。

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