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2013年7月2日19時17分
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〈言葉の力:上〉兵庫 響く「あの一瞬のため」

写真:「高校の3年間は宝物」と話す万寿本佳明さん拡大「高校の3年間は宝物」と話す万寿本佳明さん

写真:万寿本佳明さんたちのメッセージは今も東洋大姫路のスコアボードに掲げられている=姫路市打越拡大万寿本佳明さんたちのメッセージは今も東洋大姫路のスコアボードに掲げられている=姫路市打越

写真:万寿本佳明さんたちのメッセージは今も東洋大姫路のスコアボードに掲げられている=姫路市打越拡大万寿本佳明さんたちのメッセージは今も東洋大姫路のスコアボードに掲げられている=姫路市打越

■病のOB残す、部員に今も覇気

 【滝沢卓】「あの一瞬のために、俺達は絶対に兵庫を制す!」

 土曜日の午前7時。青空が広がる姫路市打越のグラウンドで、東洋大姫路の遊撃手、中川広希君(3年)の声が澄んだ空気の中で響いた。

 土日にグラウンドに出たときの、朝の習慣だ。読み上げる部員は毎回変わる。練習が厳しくても、中川君は「あの言葉を聞くと何だか気持ちが燃える」と話す。

 同じ言葉がバックスクリーンのスコアボードに掲げられている。心臓の病気で一度も公式戦に出られなかったOB、万寿本(まんじゅもと)佳明さん(23)が残したものだ。

     ◇

 万寿本さんは姫路市出身。甲子園に出たくて地元の強豪・東洋大姫路へ進んだ。有力な遊撃手で、藤田明彦監督(56)が20人以上いた新入生の中で一番期待した選手だったという。

 しかし入学直後の心電図検査で不整脈が見つかった。体内に血液を送る心臓の力が弱まる「拡張型心筋症」だった。秋の検査入院後、医師に「激しい運動は控えて」と言われた。

 翌年1月、仲間に休部することを伝えるため夕暮れのグラウンドへ出た。だが、野球ができなくなることを認めたくない。万寿本さんは、なかなか切り出せない。藤田監督が代わりに説明すると、同級生たちは泣きながら「お前を甲子園に連れてったる」「また戻って来いよ」と万寿本さんを励ました。

 2006年夏の兵庫大会決勝。2年の万寿本さんはユニホーム姿で応援団の中にいた。東洋大姫路は1点を追う9回裏に逆転し、神港学園にサヨナラ勝ち。万寿本さんは「逆転を信じて、選手とスタンドが一体だった」。甲子園では、ベスト8まで勝ち進んだ。

     ◇

 新チームは秋の近畿地区大会で準々決勝敗退。春の甲子園・選抜大会の出場が難しくなった。万寿本さんは、症状の急変に備え、父芳典さん(57)が付き添える土日だけ練習補助役としてグラウンドにでていた。目に映ったのは、目標を見失い、覇気を失っていく仲間たちの姿だった。万寿本さんは考えた。「自分にできることはないか」

 年が明け、スコアボードにメッセージを張ることを思いついた。同級生と一緒に考えた言葉は、「あの一瞬のために」。前年の夏、みんなで喜んだあのサヨナラ勝ちを思い出すためだ。

     ◇

 3年の夏は兵庫大会の3回戦で負けた。しかし、主将だった陰山貴弘さん(24)は「最後まで優勝への気持ちを忘れなかった。あの言葉は今でも自分たちの誇りです」と振り返る。

 万寿本さんの症状は、その後、徐々に回復した。昨年、大学を卒業して、東京都内のIT企業に就職。営業マンとして働いている。「野球ができなくても、自分で仕事を見つけてチームに貢献できた。社会人になった今も、その姿勢で頑張っています」。仕事で使うパソコンのデスクトップ画面は、あの言葉が書き込まれたスコアボードの写真だ。

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 恩師やチームメート、応援する人たちの「言葉」があるからこそ頑張れる。球児たちが経験した「言葉の力」を3回にわたって紹介する。

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