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第93回全国高校野球選手権大会

唐津商(佐賀)27年ぶり4回目
佐賀ニュース

〈佐賀:青春ボーイズ・唐津商(中)〉吉原監督の持論

2011年8月2日11時1分

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写真:ブルペンで北方悠の投球を見つめる吉原監督=唐津商グラウンド拡大ブルペンで北方悠の投球を見つめる吉原監督=唐津商グラウンド

 延長15回引き分け再試合になった準々決勝の佐賀西戦は、今年の佐賀大会で白熱した試合の一つだった。延長10回表、佐賀西の攻撃で2死満塁。唐津商ピンチの場面で、中前に抜けるかという強いゴロが弾んだ。

 マウンドの北方悠誠(3年)が「終わった」と思った瞬間、二塁手佐藤大気(3年)が横っ飛びして好捕。危機を救った。吉原彰宏監督(36)は「インパクトを見てスタートを切らなければ、捕れていなかった」と分析する。

 吉原監督の持論は「練習の8割は投手のことを考えて」。たとえば、一般的には打撃練習とされるシートバッティング(実戦形式の練習)も、唐津商では「投手を中心としたチーム作りのため」にやっている。投手にとっては実際に打者を抑えることが経験になり、野手にとっては打球がどこに飛ぶのかを想定する訓練になる。

 佐藤はいう。「北方の調子に合わせて、守備位置も変える。打者のスイングの軌道で、打球の行方が想定できる」。佐賀西戦でのプレーを「北方の調子があまり良くなかったので、いつもより二塁ベース寄りに守っていた。北方の球は速いので、打球は詰まるだろうと想定して飛び込んだ」と振り返る。

 吉原監督は、体作りにもこだわる。前任校の唐津西では、佐賀大会で2度4強入りしたが、いずれも準決勝で敗退。体力不足が原因だと反省した。

 唐津商に移ってからは、学校裏の山道や、西の浜の砂浜で走り込んだり、近くのプールで泳いだりするなど、季節に関係なく体力トレーニングを強化。特に北方悠は人一倍走り込んだ。

 吉原監督は高校時代、武雄で主将を務めた。ポジションは捕手。福岡教育大を卒業して保健体育科の教師になり、1998年に唐津西で監督に就任。2005年から唐津商を率いてきた。甲子園出場は、選手時代も含めて今回が初めてだ。

 唐津商は昨夏の佐賀大会で、優勝候補の一角に挙げられながらも、初戦の鳥栖商戦で延長12回で敗れた。それ以来、吉原監督は大きな目標は立てず、力まないことを心がけている。

 周囲がどれだけ高い評価をしても、口に出すのは「一つずつ、一つずつ」という堅実な言葉。「なにごとも一つ目を徹底的にこなしておけば、次の階段を上がれる。一つ目ができなければ何もできない」

 チームにも「足元を見ろ」と言ってきた。選手たちは、佐賀大会のトーナメント表を次の相手しか見えないように折り込んで目の前の試合に集中した。

 7月29日の練習の後、吉原監督は選手たちを前に語った。「27年ぶりの甲子園出場。力まずに楽しんでやろう。北方の投球に、野手がいつも通りのプレーをすれば勝てる。唐津商はこれまで、甲子園では1度しか勝ったことがない。俺たちは全員野球で2回勝とう」。選手時代から夢見た聖地への熱い闘志は胸に秘め、チームと一つになって「自然体」で勝利を目指す。

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