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第93回全国高校野球選手権大会

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〈南北海道:飛躍の夏(3)駒大苫小牧〉甘えに喝、後輩と挑む

2011年6月21日11時38分

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写真:紅白戦でベンチから声をかける佐々木監督=苫小牧市拡大紅白戦でベンチから声をかける佐々木監督=苫小牧市

 深紅の大優勝旗が「白河の関」どころか、一気に津軽海峡を越えた2004年のあの夏から7年。勝ち越し打を放ち、ウイニングボールのショートフライをつかんだ駒大苫小牧の主将、佐々木孝介さん(24)は今、母校の監督だ。

 6月中旬の午後。苫小牧緑ケ丘球場にその姿があった。朝方の雨があがり、地面からもやが立ちこめる中で始まったレギュラー組のAチームと控えのBチームの紅白戦。

 Aチームの指揮を執る佐々木監督は食い入るようにプレーを見つめる。「4番の仕事しろよ、オラーーッ!」。時折、選手たちより大きい声が出る。プレー次第で、次の紅白戦でのA、B選手の入れ替えもある。チーム内に厳しい競争意識を持たせるのは、甲子園で頂点に立った時の香田誉士史・元監督の教えそのままだ。

    ◇

 全国制覇まで抱き続けた思いは「悔しさ」だった。03年は選抜で1対2の惜敗。夏の甲子園は初戦で4回まで8―0とリードしながら降雨ノーゲーム。再試合は敗れた。04年の夏は「必ず甲子園で勝つ」という思いが原動力だった。勝ち方を覚えた選手たちは勢いに乗り、チームは面白いように成長した。

 進学した駒沢大の3年の夏、母校の甲子園出場に臨時コーチとして同行、思い出のグラウンドでノックもした。「大歓声にまた感動して……。指導者として来る」と決めた。大卒後の09年春、母校の野球部コーチに就き、8月には監督に。

 だが、その目に映ったのは選手の「甘え」だった。04、05年の夏連覇、06年夏の決勝再試合で準優勝。「あの駒苫」という周囲の目に、知らぬ間に選手は脇が甘くなっていたのかもしれない。佐々木監督は「栄光は過去のこと。勘違いするな」と言い続けた。「駒苫」という名前で勝利が転がり込んでくるわけではない。「まず、その穴埋めが大変だった」

 初優勝の時は小学生だった山口熙主将(3年)は「あの時のキャプテンが監督でいるなんて」と、最初は憧れた。だが、その姿を見続けるうちに、甲子園で快進撃をみせた先輩たちが、なぜあれほどはつらつとしていたか、実感するようになる。「大舞台であの野球をするには、日々の積み重ねしかない」

     ◇

 「勝ちを求められるチーム」であることは、佐々木監督も分かっている。「でも、それ以上に大事なことがある。精いっぱい頑張ったという事実が(将来も)自分の支えになっているかどうか」

 試合の結果次第で、いろんな声が聞こえてくる。「ありがたいこと。でも、ずっと見ているのは僕。選手と監督にしか分からないことだから」。昨夏、監督になって初めて進んだ南大会は初戦で敗れた。今夏、札幌円山球場で後輩たちと共に校歌が聞きたい。(武沢昌英)

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