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第93回全国高校野球選手権大会

帝京(東東京)2年ぶり12回目
東東京ニュース

帝京、宿舎「水明荘」経営夫妻に贈り物

2011年8月16日9時33分

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写真:夕食後、「水明荘」の白石幸広さんと昌子さん夫婦に記念のユニホームを贈呈した帝京高校野球部員たち=13日、兵庫県西宮市拡大夕食後、「水明荘」の白石幸広さんと昌子さん夫婦に記念のユニホームを贈呈した帝京高校野球部員たち=13日、兵庫県西宮市

 2回戦で敗れた13日。夕食後、帝京の前田三夫監督と選手たちは、兵庫県西宮市の宿舎・水明荘の経営者、白石幸広さん(77)と昌子さん(75)に「Teikyo」の名前が入った縦じまのユニホームを贈った。

 甲子園まで阪神電車で2駅、武庫川駅近くにある水明荘は、この夏を最後に57年間の営業に幕を下ろす。後継者だった長男・幸嗣さんが今年5月に51歳で急逝し、廃業することにした。

 水明荘と帝京のつながりは深い。東京の代表校の指定旅館となったのは、ちょうど帝京が夏に初出場した1983年。以来、夏は東西の代表が1年ごとに交代で宿泊した。帝京の夏2回、春1回の全国制覇はいずれも水明荘を利用した時だった。

 この日の夕食は具だくさんの寄せ鍋。戦いから解放された選手たちはいつもよりゆっくり味わい、食事が終わると、お世話になった白石さん夫妻を招いた。

 前田監督は「ここで成長させてもらって優勝できた。本当にお世話になりました」「生徒の前では泣かないんですが……」。目頭を押さえた。

 甲子園に出場した春夏計3回とも水明荘に泊まった主将の松本剛君(3年)は「1年の時から自分の子どものように接していただいた。最後の夏に来られてよかったです」。

 亡くなった幸嗣さんは大の帝京ファンで、棺(ひつぎ)には帽子やタオルなど数々の帝京グッズを入れて送ったという。ふだんから帝京野球部の帽子を愛用している幸広さんは「いい思い出ばかりです。最後に帝京が来てくれて、これ以上のことはありません」。穏やかな笑顔を浮かべた。(平嶋崇史)

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