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〈夏の軌跡〉エースの力投ねぎらう 渡辺脩平一塁手

2010年08月12日

 6回裏1死一、三塁のピンチ。大分工は、この試合2回目のタイムを取った。「思い切って腕を振れ」。一塁手の渡辺脩平(3年)は、自身があこがれる甲子園のマウンドに立つエースの田中太一(同)に向かって激励した。

写真渡辺脩平一塁手=飯塚晋一撮影

 背番号「10」の渡辺は本来は投手。プロも注目する絶対的なエースの田中の2番手ながら、実力は塔鼻充監督(55)が「他校に行けばエース格」と認めるほどだった。小中学校を通じてエースで主将。大分工への進学を決めたのは、中3だった2007年夏、同校が大分大会で準優勝したのが決め手だった。「甲子園で投げたい。大工(だいこう)ならできる」と意気込んでいた。

 しかし、入学直後に野球部の初練習で「ライバル」の田中の投球を見て度肝を抜かれた。伸びのある直球に、しなやかなひじの使い方。実力差を認めざるを得なかった。「太一に追いつこう」

 練習で力を抜いたことはない。その成果は直球のスピードに出た。120キロ台から140キロ台に。だが田中はさらに上を行った。「ちょっと差が開きすぎましたね……」。渡辺は苦笑いして話した。

 大分大会では3回戦と準決勝で先発したが打たれ、田中に救援してもらった。投手に未練はあったが、甲子園に来て一塁手に専念することを決めた。「内野陣からは、気迫のこもった球が来るだろうから絶対に落とさない」。延岡学園打線の強烈な打球も好守し、内野陣からの球もきっちり受け止めた。

 打者としては中軸を務め、大分大会での打率は3割5分7厘。この日も先制打を含め3安打を放つ活躍を見せた。だが9回表、出塁後の牽制(けんせい)で挟殺に倒れた。「投手のモーションに引っかかってしまって」と悔しがった。

 田中は延長10回裏、スクイズを外そうとした球が大きく高めにそれてしまい、サヨナラ負けを喫した。結局、渡辺自身はあこがれの甲子園でマウンドに立つことができなかった。それでも「太一が素晴らしい投手だったからこそ、甲子園まで来ることができた。太一が一番悔しいと思うけど、本当に感謝している」。最後はエースの力投をねぎらった。(軽部理人)


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