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新潟大会ニュース

〈新潟・明訓8強の力(下)〉「1勝」のため千の準備

2010年08月25日

 初戦の京都外大西(京都)戦に勝った翌日、新潟明訓の佐藤和也監督は主力選手を休ませ、控えと補助の選手たちにノックをした。ゴロで外野に抜けそうな打球を内野手が追うのをあきらめた瞬間、佐藤監督は怒鳴った。「なんで飛ばないんだ!」

写真打撃について指導する佐藤監督=大阪市住之江区の南港中央野球場

 明訓を春夏合わせて7回、甲子園に導き、多くの学校や選手を見てきた。甲子園で1勝すれば、やや気も緩む。練習中にだらだらと走ったり、帽子を浅くかぶったりして、「自分は甲子園に出ている選手なんだ」と、ごうまんな態度を取る選手も現れる。佐藤監督は「そういう選手は、試合でも球際で横っ飛びするような意地を見せなくなる。だから練習中から厳しく言う」。

 監督の考えがチームに浸透していることがわかるプレーがあった。京都外大西戦で5―2とリードした8回、先頭バッターに三塁打を打たれた。次打者の当たりは一、二塁間を抜けるかという強いゴロ。それに二塁手の山本英晶(3年)がくらいついた。横っ飛びで捕球。三塁走者の生還は許したが、打者をアウトにし、相手の勢いを断った。報徳学園(兵庫)戦でも、ピンチの場面で一、二塁間の強い当たりを好捕した。山本は「どんな球でもあきらめない。いつも監督に言われている」。

 佐藤監督が、こうした「ユニホームを汚す」プレーにこだわるのは、目標が「まず1勝」だからだ。「甲子園で1勝するのは本当に難しい。無駄になってもいい。1勝するために千の準備をする」

 甲子園での初戦は午前8時半開始予定。これに合わせて選手たちの体を「朝型」にするため、起床時刻を午前4時とし、朝早くから練習した。相手の左腕投手に対応しようと、大学に進学したOBのつてを頼り、左投げの選手を招いて打撃投手になってもらった。選手は「生きた球が打てる」と手応えを感じた。

 長期的な視野でも取り組んできた。10年ほど前から、本庄一(埼玉)の須長三郎監督と共に、埼玉、群馬両県の学校のグラウンドを拠点に、各県の高校と練習試合を組む「関越リーグ」を始めた。東農大二(群馬)や聖望学園(埼玉)、横浜隼人(神奈川)など強豪校も参加する。こうして、選手たちは全国レベルのプレーを肌で感じられるようになった。

 「千の準備」が2007年の甲子園ベスト16、今回のベスト8に結びついた。だが、佐藤監督は満足していない。いずれも「3勝」には届かなかった。準々決勝で敗れた後、「選手たちの気持ちを勝ちに向けることはできたけれど、結局、前と同じ2勝しかできなかった」と悔しがった。

 この夏、新たな課題も見つかった。西日本短大付(福岡)戦で軟投派の左腕投手に打線がてこずった。「打撃フォームが乱れてしまった後、中2日であった準々決勝までに修正できなかった」。次の「甲子園1勝」へ向けた新たな戦いは、もう始まっている。

(この連載は富田洸平が担当しました)


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