ここから本文エリア

現在位置:高校野球>北北海道大会> 記事

北北海道ニュース

旭川実、9回に意地 雨で開始遅れ、リズムつかめず

2010年08月10日

(高校野球 佐賀学園5―1旭川実) 最終回にもぎ取った1点は、「理屈ぬきで意地を見せた」結果だった。

写真旭川実―佐賀学園 9回表旭川実1死二塁、金丸の中前適時打で走者佐々木が生還。次打者室井(15)=水野義則撮影
写真力投する旭川実先発の鈴木駿平投手=竹花徹朗撮影

 9回表1死から代打の原が左前打を放ち、代走佐々木が二盗を決めた。次打者は金丸。「感触がかなり良かった」という打球は中堅への適時打に。二塁を狙ってアウトになったが、「逆転してやろうという流れの中で、打てて良かった」と振り返った。

 試合開始は当初予定より2時間遅れ。選手たちはリラックスしていたが、序盤、守りのリズムがつかめない中で失点、引き離された。

 それでも徐々に「旭川実らしさ」も発揮した。岡本監督に「今度はお前が(鈴木を)助ける番だ」と送り出されたリリーフの成瀬は、5回途中から被安打2の好投。軽快な併殺や、右前打ながらスキを突いて二塁を陥れる好走塁もみせた。ただ、佐賀学園の失策0に対し、旭川実は2。岡本監督は「失策で出た走者をかえされたのが痛かった」と振り返った。

■あこがれの舞台で試練 旭川実・鈴木投手

 球は走っていた。だが、立ち上がり、少し硬くなり、持ち味の低めの制球力が狂った。旭川実の鈴木駿平投手(3年)は唇をかんだ。

 1回、2番打者に13球粘られた。四球は出せない。我慢のしどころだったが中前にはじき返され、これがきっかけで先制点を許してしまった。

 「緊張はなかった。低めを意識したけど、高めに浮いた。チームに貢献できなかった」。北北海道大会を引っ張ってきた左腕は、そう言ってうなだれた。

 オホーツク海側の興部町出身。中学時代は軟式野球の選手だった。小学生から一緒だった控えの安藤陽平選手(3年)の兄が旭川実に進み、2003年、選抜大会に出場。応援に来た甲子園のマウンドに、鈴木投手は強くあこがれた。「あそこで投げたい」

 旭川実なら甲子園に行ける――。両親を説得し、旭川実に入った。そこには中学時代にシニアの硬式野球で実績をあげた選手がたくさんいた。同学年の投手志望は6人。1年の時は最速120キロの鈴木投手は「全くのノーマークの存在だった」と岡本監督。

 しかし、筋トレなどに必死に取り組み、1年の秋からはエースに。今春からは球速も140キロを超すようになった。北大会を投げ抜き、チームのだれもが認めるエースに成長していた。

 そして、小学校からあこがれ続けたマウンドに、ついに立った。だが、そこは厳しく、つらい場所だった。北大会で演じたような投球は、この日はできず、ジリジリと引き離されていく。5回途中での降板……。

 「苦しい練習を一緒にやってきた仲間と、もう野球ができない」「このチームで、もっとやりたかった」。様々な思いを胸に込めて、背番号1を脱ぐ。(成田認)


ここから広告です
広告終わり

このページのトップに戻る