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石川大会ニュース

遊学館、光った打線・3サポ 主将の負傷が影落とす

2010年08月16日

 5年ぶり4度目の夏の選手権大会出場を果たした遊学館。レギュラー陣に3年生が3人だけという若いチームながら、県内を勝ち抜いた持ち前の強力打線は、甲子園でもその力を発揮した。甲子園を経験した1、2年生は9人と多く、今後に期待がかかる。「来年、またここに戻ってきてもっと上を目指せ」。3年生の思いは後輩に託された。

写真試合に敗れ、グラウンドの土を集める遊学館の選手たち=水野義則撮影

 同行取材して感心させられたのは、チーム内で通称「3サポ」と呼ばれる、メンバー18人に入っていない3年生らの献身的な働きだ。「サポートメンバーのおかげで野球に集中できる」という言葉を、選手たちから何度も聞いた。

 遊学館の3年生は23人。うち14人がベンチ入り出来ず、石川大会前からサポートに専念してきた。練習場に到着すると、彼らは真っ先に道具をグラウンドに運び入れて練習の準備をする。打撃練習のときには守備につき、「バッチ、来い」などと大きな声を出して盛り上げた。

 「雰囲気作りも自分たちの仕事。選手たちには気持ちよく野球をしてほしかった」と「3サポ」の1人、坂本亘(3年)は話す。

 遊学館の練習はリラックスした雰囲気で、1、2年生も伸び伸びとしているように見えた。「このチームでは上下関係を変に意識することなく、思い切ってプレーできる」という山中将誉(2年)の言葉が印象に残った。

 11―0で快勝した初戦の一関学院(岩手)戦では、6回に目の覚めるような集中打を見せ、一挙8点を奪った。守っては、土倉将(2年)が7回2死まで相手打線を無安打に抑える好投。甲子園の舞台に遊学館旋風を吹かせるのでは、と期待は高まった。

 しかし、この試合の第一打席で、チームの大黒柱である主将の山岸裕介(3年)は左手首を痛めていた。守備の要の捕手でもあったが、キャッチボールをするのも難しい状態。練習でも積極的なプレーで選手らを引っ張るいつもの山岸の姿はなかった。

 「選手たちは口にしなかったが、山岸のけががチームに与えた影響は大きかった」と山本雅弘監督はいう。

 2回戦の関東一(東東京)戦では序盤、エース土倉が打ち込まれ、3回までに2本塁打を含め7点を失った。しかし4回、4番・松沢裕紀(3年)の右翼線二塁打をきっかけに反撃開始。この回に1点、5回にも2点を奪い、1死二、三塁の好機で山岸に打順が回ってきた。

 だが、伸びを欠いた打球は遊撃手の正面に飛び、併殺に終わった。山本監督は「あの場面が勝負を分けた」と振り返る。「自分のスイングができていれば」と山岸は悔やんだが、やはり手首の故障は大きかった。

 石川大会で16打数12安打と大活躍した山岸は、甲子園で9打数1安打に終わった。

 2回戦で敗れた後、谷口一平(1年)は甲子園の土を持ち帰らなかった。「ここには、あと4回来るつもり。今度はもっと上を目指したい」

 甲子園の先発陣には1年生2人、2年生4人が入った。「失敗を気にせず思い切ってプレーしろ。責任は3年生が全部背負ってやる」。主将の山岸は常々そう話しかけた。その1、2年生が甲子園で躍動した。初戦では、山本亮(2年)が先制の口火となる中前安打。無死二、三塁として、谷口(1年)が先制の中前適時打を放った。この日、谷口は4打数3安打2打点の活躍だった。

 しかし、2回戦は選手たちに「勝負の厳しさ」「1球の怖さ」を痛感させた。3回途中で降板した2年生エース土倉は「悔しい。一からやり直して、来年もここに戻ってきたい」と言葉少なに話した。

 頼もしい1、2年生の活躍を、今後も見守りたい。=敬称略(黒田壮吉)


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