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兵庫大会ニュース

報徳、29年ぶり4強 投打で成長、躍進支える

2010年08月22日

 飛び抜けた選手はいなくても、127人全員で戦った――。第92回全国高校野球選手権大会に兵庫代表として出場した報徳学園は、初優勝した1981年以来、29年ぶりの4強入りを果たした。春夏連覇を達成した沖縄代表の興南を、準決勝ではあと一歩まで追い詰めた。選手たちは粘り強く、そして泥臭い野球を存分に見せつけた。活躍を支えたのは、昨秋からの成長力だった。

写真マウンドに集まり、人さし指をたてる報徳学園の選手たち=中里友紀撮影

 小柄な選手が多く、夏の公式戦で本塁打はない。持ち味は足と守備、そして徹底して単打でつなぐ打線。報徳学園は、スター選手はいなくても「これぞ高校野球」という戦いぶりで甲子園をわかせた。

 だが、「うちは兵庫大会でも本命ではなかったから」と永田裕治監督が振り返る通り、決して前評判が高かったわけではない。

 昨秋の県大会で3回戦敗退。春の選抜出場を目指していた選手たちの落胆は大きく、目の前の目標を失った状態で冬を迎えた。

 そんなとき、チームを引っ張ったのは浅田泰斗主将だった。私生活の態度がプレーにつながるのだと、口を酸っぱくした。「しっかりやれば、野球の神様は見ている」と。

 春以降、チームは快進撃を続け、春の近畿大会では初優勝。甲子園で興南に敗れるまで公式戦21連勝を重ねた。

 甲子園での初戦の相手は砺波工(富山)。逆転されても焦らず、こつこつつないだ。9安打はすべて単打。先発メンバーのうち3人が50メートル5秒8という俊足でかき回した。福井商との2回戦でも足で相手投手を揺さぶり、好守で試合の流れを引き寄せた。

 佐賀学園との3回戦では先発全員の20安打でたたみかけ、近畿勢で唯一8強に残った。「しつこいというか、気が抜けなかった」と相手に言わせた、粘っこい攻撃が光った。準々決勝は新潟明訓を接戦の末に破った。

 そして迎えた興南戦。選手たちは春の王者相手におくすることなく、序盤に大会屈指の左腕を攻略。逆転されたが、9回も2死三塁の同点機をつくって食い下がった。

 チームの成長の背景には、永田監督の思い入れの深さもあったように思う。昨夏に椎間板(ついかんばん)ヘルニアを発症し、秋の大会はノックを打てなかった。「選手に申し訳ない」。監督人生初めてのことに、責任を感じていた。

 夏は痛み止めの注射を打ち、腰にコルセットを巻いてバットを握った。「先生のチームにかける意気込みが伝わった」と浅田主将。結束力はより強固になった。

 「全員野球」にも監督のこだわりがあった。今大会中も、練習でベンチ入り選手と3年生全員が一緒にノックを受けた。「時間がかかって仕方ない」と笑いながら、「スタンドにいる3年生らのおかげでムードがいい」と常々口にした。

 野球部専用のグラウンドを持たず、県内の強豪校に比べて恵まれているとはいえない環境だが、「日本一の練習と気迫」(永田監督)でチームを練り上げた。「ここまで高校生らしくプレーする姿は、ずっと自分が思い描いた野球だった」。監督就任17年目のチームをそう振り返った。(高野裕介)


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