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「下を向くな良いプレーをしよう」 退任する中京大中京・大藤監督

2010年08月15日

 昨年、全国制覇を果たし、そして監督として臨んだ最後の夏の甲子園。6―21という思わぬ大敗を喫した。大藤敏行監督(48)は「飛び抜けた選手がいない中で、みんながまとまってよくやってくれた」と選手たちをねぎらった。

写真9回裏の攻撃で選手に指示を出す中京大中京の大藤敏行監督=竹花徹朗撮影

 7回裏、5回に降板して、遊撃手に代わっていたエース森本隼平君(3年)には、ベンチで声を掛けた。「もう一度お前をマウンドに上げるぞ。行くか」。昨夏に全国優勝した時にも、最後のマウンドに立っていた投手。この日は5回に12点も失っていたが、信頼は揺るぎなかった。9回、森本君は四球と長打を許したが、踏みとどまって2失点に抑えた。

 9回裏の攻撃では、昨夏に2本塁打を放った主将の磯村嘉孝君(3年)にこう言った。「今年の夏はまだ1発も見せていないだろう」。磯村君が左前に運んで1点を返すのを見ると、笑顔で何度も手をたたき、磯村君に向かってうなずいた。

 1990年から母校の中京大中京の監督を務めたが、長らく目立った結果を出せなかった。「監督として未熟で、能力が高いのに引き出してやれなかった子も多かった」。やがて97年の選抜大会では準優勝。2000年からの11年間で春夏8回の甲子園出場を果たし、昨夏には43年ぶりの全国優勝を決めた。

 甲子園での1回戦で決勝打を放った小木曽亮君(3年)は「先生は最後まで見捨てずにしかってくれた。この舞台に立てたのも先生のおかげ」と感謝した。「20年間の監督生活で、最後のエースが僕でよかったのかな」と恐縮する森本君については、「森本がエース。昨年の夏も含めて、彼にとって何よりの経験になる」と語った。

 一時は18点差もついたが、終盤、「下を向くな。点差は考えず、少しでも良いプレーをしよう」と励まし続けた。その言葉通り、小木曽君や左翼手の岩井川雄太君(3年)は深い当たりを相次いでダイビングキャッチした。打線は8、9回に計5点を返すなど粘りを見せた。

 「最後に大差で負けるのも僕らしい。だけど悔いはない。去年みたいに長くはないが、楽しい夏でした」(工藤隆治)


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