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常葉菊川 エースの故障を仲間がカバー

2008年08月19日

<静岡代表 常葉菊川> 静岡大会決勝から5日後の7月30日。大阪入りした翌日に、エース戸狩が左ひじに痛みを訴えた。投げ込んで調整するタイプ。投球再開した矢先のアクシデントだった。

 初戦は8月9日と余裕はあったが、完全には復調しなかった。チームのゲームプランを根底から考え直すことになった。

 初戦の福知山成美戦こそ計106球を投げたが、倉敷商戦は登板回避、準々決勝・智弁和歌山戦は計47球、準決勝・浦添商戦は計68球。佐野監督は「戸狩は高校野球で終わる投手ではない。チームに貢献したいという本人の意思とひじの状況を考え合わせながら投げさせた」と話した。

 チームは、エースの故障を全体でカバーしようという思いでまとまった。2番手投手の野島は自信を持って登板するようになり、打線の集中攻撃や二遊間の守備は確実にうまくなった。

 この日、佐野監督は「背番号1を付けた男の意地にかける」と戸狩をマウンドに送り出した。しかし、上手投げの投手がほとんどサイドスロー。大阪桐蔭の西谷監督は「戸狩君の球はきちんと手元に引き付けて打てばいい」と見抜いていた。立ち上がりに襲い掛かられ、1回に満塁本塁打で4失点。3回、53球で戸狩は左翼に退いた。

 2番手野島も一度火のついた大阪桐蔭打線を抑え込むのは難しかった。「すごい打線だった。あれがいいチームの打撃」。捕手栩木は「変化球を中心に組み立てたが、内角も低めもダメ。直球でも詰まらせることができなかった」と振り返った。

 9回2死二塁。再び戸狩がマウンドに登った。打者は福島由、カウント2―3。痛む左腕を上から振り下ろすようなしぐさをした後、1球だけ上手から投げた。129キロでファウル。7球目はカーブで左飛に仕留めた。

 戸狩は「ここまでこられたのは守備のおかげ。もし、ひじが万全でも打ち込まれていたと思う」。

 終わってみれば0―17。やはり「野球は投手力」である。(根岸敦生)


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