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第90回全国高校野球選手権記念大会

伝説の球児、ユニホーム姿で登場 開会式前に記念イベント

2008年07月03日

 伝説の選手たちが、懐かしいユニホーム姿で甲子園に帰ってくる――。8月2日の第90回全国高校野球選手権記念大会(朝日新聞社、日本高校野球連盟主催)の開会式前に開催される記念イベント「甲子園レジェンズ」。多くの高校野球ファンの記憶に今なお残る選手たちがグラウンドに集い、未来を担う子どもたちとキャッチボールを楽しむ。

写真「甲子園レジェンズ」に登場する伝説の球児11人

 1915(大正4)年に産声を上げた大会は戦争による中断をはさみ、終戦の翌46年に28回大会で再開。3年後の31回と33回大会で豪打をとどろかせたのが、「怪童」と呼ばれた高松一(香川)の中西太さん(75)だ。

 ちょうど半世紀前になる40回記念大会は、各都道府県と沖縄から47代表校が参加。沖縄勢として初出場を果たした首里の仲宗根弘さん(68)が選手宣誓の大役を務めた。準々決勝では徳島商の板東英二さん(68)と、魚津(富山)の村椿輝雄さん(67)が息詰まる投手戦を演じ、0―0のまま史上初の延長18回引き分け再試合となった。

 51回大会は決勝史上初の18回引き分け再試合という伝説が生まれた。松山商(愛媛)を相手に18回と再試合を1人で投げた三沢(青森)の太田幸司さん(56)は元祖「甲子園のアイドル」と呼ばれた。59回大会では東邦(愛知)が「バンビ」の愛称で人気を集めた1年生エースの坂本佳一さん(46)を擁して決勝に進出した。

 61回大会では「ドカベン」こと浪商(大阪)の香川伸行さん(46)が3試合連続本塁打を放った。65〜67回大会は「KKコンビ」のPL学園(大阪)が大活躍。エースの桑田真澄さん(40)は戦後最多の甲子園通算20勝をマークした。

 69回大会では帝京(東東京)の芝草宇宙さん(38)が大会史上20人目の無安打無得点試合を達成。「松坂世代」で沸いた80回記念大会をはさみ、86回大会では大優勝旗が初めて北の大地に渡った。駒大苫小牧(南北海道)が優勝を決めた瞬間、鈴木康仁さん(21)、糸屋義典さん(21)のバッテリーはマウンド上で抱き合って喜びを分かち合った。

 「伝説の選手」11人は母校のユニホーム姿で登場。思い出の甲子園でメッセージを発し、キャッチボールする。元高校球児とその子ども100組も外野の芝生上で「親子キャッチボール」を楽しむ。テーマは「一生 高校野球」。伝説の選手と未来を担う子どもたちがボールを投げ合う時間も設けられる。

 記念イベントは武庫川女大付高(兵庫)のマーチングバンド部と、梅花高(大阪)のチアリーディング部による演技で幕を開ける。最後に歌手の小椋佳さんが大会歌「栄冠は君に輝く」を歌う。

 ◇中西太さんの話

 戦後、目標を失ったところで野球に出会い、いい仲間、いい指導者に巡りあい、これが一生の仕事になった。高校野球はいわば私の原点です。在学中に旧制中学から新制高校に切り替わり、そのはざまで試合に出られない時期も経験した。そのすべてが私の糧になった。この年齢になって、90回大会の記念イベントに参加できる。本当に光栄なことです。

 ◇板東英二さんの話

 あの感激を、甲子園を夢みる子どもたちと分かち合える! きっと大変な興奮を味わえるだろうと今から楽しみです。ボールひとつが結ぶこの絆(きずな)、この年齢で貴重な体験、50年前を思い出しそう。

 ◇香川伸行さんの話

 「甲子園」は年齢を重ねても忘れられない思い出の場所。伝説の選手との出会いはもちろんですが、親子キャッチボールに参加される元球児と会えるのも今から楽しみ。甲子園を目指した仲間ですからね。初めて甲子園のグラウンドに立つ人には土を踏みしめた感覚を味わってほしい。一生忘れられないでしょう。数多くのドラマが生まれた広い空間を肌で感じ、夢を追いかけたころを思い出しましょう。

 ◇桑田真澄さんの話

 甲子園は僕を育ててくれた球場です。現役時代は高校野球を見に行く機会を持つことができなかったので、今年はぜひ甲子園大会に足を運びたいと思っていました。とても楽しみにしています。そして、ぼくがこのイベントに参加することで、高校野球の発展、プロアマ関係のより良い未来に少しでもお役にたてるのであれば、とてもうれしいです。


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