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スランプ脱出快音戻る 盛岡大付・伊藤巧主将

2008年08月10日

<岩手代表 盛岡大付> 甲子園の大舞台で、主将の伊藤巧君(3年)は見事に復活した。

写真盛岡大付―駒大岩見沢 5回裏駒大岩見沢無死、佐藤秀は中越え本塁打を放つ。捕手中村=日吉健吾撮影

 初回2死二塁。打席に立つと威勢のいい声をあげ、白い歯をのぞかせた。4球目を振り抜くと左前打に。7回にはもう少しで本塁打かという大きな当たりを飛ばし、観衆をどよめかせた。8回にも右前にあざやかに安打を放った。

 高校通算本塁打は42本。県内屈指のスラッガーだ。だが岩手大会では、23打数2安打と不本意な結果に終わった。優勝後のインタビューで「自分が打てなくても、チームが勝てばいい」と話したが、内心は悔しかった。情けなかった。でも、主将として弱気なところはみせたくなかった。

 小学3年までは右バッターだった。松井秀喜選手にあこがれ、左打ちに。自宅の庭の木にタイヤをぶらさげ、毎日500本を打ち込んだ。

 盛岡大付では1年からベンチに入り、活躍してきた。冬場の走り込みと筋力トレーニングが功を奏し、今年の春はとりわけ好調。「打てば本塁打か長打。球がスローで見えて、面白いように打てた」

 それが、夏の岩手大会で暗転した。下半身が先に回ったり、腕だけで打ってしまったりして、不調が続いた。中軸を担い、チームに貢献したいと思えば思うほど、バットが空をきった。

 「もう大丈夫。つかめました」。甲子園入りから約1週間。そのバットから、今度は快音が響くようになった。飛距離を出そうと岩手大会で大きく上げていた足を、すり足に戻した。好調だった時の感覚がよみがえった。

 やんちゃだった入学当初、先輩から「お前は最初に辞める」と言われながら続けた3年間。監督から何度もクビを宣告されながら、チームをまとめ、甲子園まで導いた。

 「あとは2年に任せる。きっとやってくれる。春夏連覇して、甲子園でも勝ってほしい」

 すがすがしい表情で、伊藤君は言った。(平井恵美)


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