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けがで気づいた「心はひとつ」 市岐阜商・臼井洋介選手 

2008年08月09日

<岐阜代表 市岐阜商> 1点リードで迎えた7回裏。二塁寄りのゴロをさばこうとした市岐阜商の遊撃手、高井慶二(3年)からの送球が本塁寄りにそれた。一塁手の臼井洋介(3年)はグラブを伸ばしたが届かない。その瞬間、臼井の頭に一つの光景がよぎった。

写真守備位置から声をかける臼井洋介一塁手

 昨夏の岐阜大会の準々決勝。3点を追う8回だった。やはり一塁を守っていた臼井への三塁手からの送球が高めにそれてきた。ジャンプして捕球し、着地した瞬間、打者走者と交錯。ひざにちぎれるような激痛を感じた。左のひざとすねを骨折した。

 医務室で悔しさから涙が出た。試合は3―6で負けた。「おれのせいだ」と思った。

 練習に参加できず、甲子園の試合はテレビで見ていた。悔しさがこみ上げ、誓った。「来年こそは必ず甲子園に」

 しかし、けがは思いのほか重く、治るのが遅れた。焦りが募った。歩くことさえ止められていたのに、練習に顔を出してはランニングまでした。秋の東海大会ではメンバーに入れなかった。

 そんな時、同じくメンバーから外れた小出紘靖(3年)が「自主練、やろうか」と声をかけてきた。

 その日から全体練習後に3、4時間、2人で筋肉トレーニングやティーバッティングを続けた。その姿を見た仲間は、「焦らなくていいぞ」「一緒にがんばろうな」とメールを送ってくれた。「1人じゃない」と思った。

 年末、レギュラーに復帰。今夏の岐阜大会以来、円陣の中心に立つ。チームを鼓舞する臼井の声が、この日の甲子園でも響いた。

 送球がそれてくると、今でも怖くなる。でも、今は気持ちを切り替えられる。「今までみんなに助けてもらってきた。今度は自分がチームの雰囲気を作る」

 けがを通して気づいた仲間の支え。臼井のグラブにはこんな刺繍(ししゅう)が施してある。

 「心はひとつ」


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