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108人、追った白球 報徳控え部員、必死の声援

2008年08月16日

<東兵庫代表 報徳学園> 接戦の末、大阪桐蔭に敗れた報徳学園。しかし「108人の部員全員で戦う」の合言葉通り、アルプススタンドに陣取った約90人の控えの部員たちは最後まで大声援を送った。なかでも3年生の8人は、仲間とともに白球を追いかけてきた2年半の思いを込め、声をからし続けた。

写真最終回、報徳学園の最後の打者が倒れるまで控えの野球部員らは必死の応援を続けた=阪神甲子園球場
写真浜風にはためく報徳学園の応援団旗=阪神甲子園球場

 試合前、山下憂人(ゆうと)君(18)は自信満々に「勝ちます」と言い切った。東兵庫大会前にベンチ入りから漏れ、打撃投手を務めてきた。「打線は甲子園に来て良くなった。絶対に負けていない」

 2回表、中村裕介選手の適時二塁打で先制。松口大志朗(だいしろう)君(17)は「みんなの気持ちを乗せてくれた」とメガホンを打ち鳴らした。

 3回表、井村貴敏選手が内野安打で出塁。木田智也君(18)は「あいつは足が速いんですよ」と自慢した。

 3回までに近田怜王投手が許した安打は本塁打1本だけ。瀧本健一君(17)は「ケガした時もスランプの時も見てきた。最高の投球をしてほしい。あいつがチームで一番、日本一を意識して練習していたから」。

 5回表、西郷遼平選手が2点本塁打を放ち、4―1とリード。同じ三塁手だった長倉健人君(18)は「ここまでやってきたことを信じて戦ってほしい」と太鼓をたたく手に力を込めた。

 6回裏、大阪桐蔭が3得点し、逆転を許す。だが今大会2度のサヨナラ劇を見せた「サヨナラの報徳」の応援席は、逆に活気づいた。東谷建汰君(18)は「うちは終盤に強い」。

 8回裏、大阪桐蔭が追加点を挙げ、近田投手がマウンドを降りた。植野裕佑君(17)は糸井慎太朗捕手と同じクラス。練習中にミスをすると「しっかりやれ」と厳しかった。植野君は「おれのために言ってくれていた。最後まで全力でやってほしい」と声をふり絞った。

 だが9回表、報徳の最後の打者が倒れ、試合終了のサイレンが響いた。応援団長を務めた坂田浩基君(17)は顔をくしゃくしゃにしながら、スタンドを出る保護者やOBらの一人ひとりに「ありがとうございました」と頭を下げ続けた。「悔しいけど最高の思い出。最高の仲間だった」。そう言って、また泣き崩れた。

■復活の応援団旗、踏ん張り

 報徳学園側のアルプススタンド最上段には、面積が畳8畳分、重さ20キロ以上という巨大な応援団旗が掲げられた。

 21年前に新調されたが、00年ごろ応援団が廃部になり、団旗も学校の倉庫にしまわれたままだった。今大会の前、応援に当たる控えの野球部員たちが「旗は応援団の象徴だから」と引っ張り出して復活させた。

 旗を持ったのは野球部1年の長田大輝君(16)。身長185センチ、体重82キロと部の1年生では最も大きい。「その体格を生かして」と先輩に指名された。

 この日、大旗は浜風を受けて大きくはためいた。よろめかないよう、長田君は試合の間中、両足をぐっと踏ん張ってこらえた。「先輩たちにも踏ん張ってほしい」と最後まで懸命に旗ざおを握りしめていた。


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