ここから本文エリア

亡き友にささぐ甲子園1勝 木更津総合「背番号21」

2008年08月03日

<東千葉代表 木更津総合> 最後の打者を打ち取ると、マウンドで木更津総合(東千葉)の田中優投手(3年)は両手を空に突き上げた。選手たちが駆け寄る。ナイターのライトが照らすその姿を、三塁側アルプススタンドから「背番号21」と1枚の写真が見守っていた。今春に火事で亡くなった野球部員の斎藤優太君。2日、甲子園で鳥取西(鳥取)を下したチームの勝利を、写真の中の笑顔は共に喜んでいるように見えた。

写真5回表、同点に追いつかれマウンドの田中優投手(中央)と地引雄貴捕手の元に集まる木更津総合の内野陣=2日、阪神甲子園球場、日吉健吾撮影

 斎藤君は控えの投手。当時は1年生で、練習試合で活躍していた。1学年先輩で同じ投手の田中君は、一緒にランニングをしたり、ふざけ合ったりする仲だった。「いつも笑っていて、こっちまで明るくなるようなやつだった」

 木更津市内にある斎藤君の自宅が全焼したのは、3月27日未明。寝入っていた斎藤君は、逃げることができなかった。チームメートが信じられない思いで現場を訪れると、焼け落ちた家の周囲に焦げ臭いにおいが漂っていた。

 「野球どころじゃない」。バラバラになりそうなチームの気持ちをまとめたのが、五島卓道監督の言葉だった。「優太は一緒に甲子園を目指していた仲間。あいつの分まで頑張らなくては」

 チームはその後の関東大会を制覇。そして夏の東千葉大会では毎試合、「ベンチ入りする20人と一緒」の意味を込めて作った背番号21と写真をベンチに置いて戦った。勝ち進むたびに同級生の部員たちは、返事が来ないのを承知で斎藤君の携帯電話に報告のメールを送った。

 この日、1回表にマウンドに上がった田中君は、左手をプレートに置いて斎藤君に語りかけた。「やっとこのマウンドにのぼれたよ。楽しんでいくよ」。終盤まで緊迫した投手戦が続く中、三塁側スタンドで斎藤君が見守っているように感じていたという。

 写真は甲子園のベンチには持ち込めなかったため、斎藤君と同級生で投手の古川竜也君(2年)が、最前列の席に背番号とともに置いていた。勝利の瞬間、古川君は「ゆうたー、勝ったぞー」と写真を両手で空に掲げた。「優太に甲子園での勝利をもっともっと見せてやりたい」

 完投した田中君は「優太が本当に力を貸してくれた気がする。次もゆっくり見ていてくれよ、と言ってあげたい」。2回戦の勝利を誓った。(畑山敦子、川崎紀夫)


ここから広告です
広告終わり

このページのトップに戻る