ここから本文エリア

現在位置:高校野球>第90回選手権>青森> 記事

背中で伝えたエース魂 青森山田・木下投手

2008年08月15日

<青森代表 青森山田> 7回裏、慶応の先頭打者への7球目。「ボール」。四球となり、歩かせてしまった。

写真力投する青森山田先発の木下=遠藤啓生撮影

 マウンドのエース木下龍二くん(3年)は力が抜けたように見えた。「ストライクが決まった」と思った。それだけに悔しさを隠せない。

 次打者がバント。3人目は内野安打。1死一、三塁で4人目の打者にボールが先行した。木下くんはスクイズを警戒して内角高めに投げた。

 カツンという金属音が球場に響いた。警戒していたスクイズを決められた。三塁走者が本塁に駆け込んだ。

 140キロ台の直球と100キロ台の変化球を投げ分け、慶応打線を揺さぶった。だが3四球に苦しめられた。先頭打者に与えた二つの四球は、どちらも失点につながった。

 「きわどいところを狙っていったのですが……」。木下くんは悔しがった。「あれだけやってきたのに何で負けたか分からない。たぶん自分たちに甘いところがあった」

 慶応の上田誠監督は米国にコーチ留学の経験もあり、「エンジョイ・ベースボール」が合言葉だ。選手たちがかぶる帽子からは、髪の毛がふさふさと飛び出ている。

 一方、青森山田の選手は全員が丸刈り。大半が寮生活を送り、消灯時間も決まっている。青森の長い冬には、明け方の暗い雪道をランニングしてきた。

 木下くんは言った。「慶応は、ぼくたちとは正反対の環境。負けていられない。全力で投げました」

 青森大会から右ひじの痛みを感じていた。13日夜に痛み止めの注射を打ち、14日の試合前にも痛み止めの薬を飲んで、7回を投げきった。4万6千人が見守る甲子園のマウンドで痛みは消えていた。

 8回から継投した斎藤英輔くん(2年)は、強気のエースの背中を見ていた。「木下さんのピンチにも動じない姿勢を見習いたい」

 2死満塁のピンチにも「絶対打たれないよう、全力投球した」。斎藤くん自身の最速145キロも記録した。

 「来年は、ぼくが後輩たちを甲子園に連れてこられるようがんばる」。次のエースを狙う2年生が言った。(山本奈朱香)


ここから広告です
広告終わり

このページのトップに戻る